世界史を痛快にひっくり返してみせる、人を食った奇想コミック

更新日:2016/1/8

超動力蒙古大襲来

ハード : iPhone/iPad/Android 発売元 : 太田出版
ジャンル:コミック 購入元:Kindleストア
著者名:駕籠真太郎 価格:※ストアでご確認ください

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 あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、偽書というものがある。ある作家の文体からテーマごとごっそりまねて、ついでに名前も頂戴して1冊作ってしまうのである。「幻の傑作発見」てやつである。ちょっとした文学的スキャンダルである。

 名前こそ騙らないけれど、漱石の未完の小説『明暗』の続きを完成させてみせた、水村美苗の『続明暗』なんてのは、別にだまそうとして書いたわけじゃもちろんないが、見事なできの偽書ということになる。他人の文体を真似るというのは、数フレーズだったらそれほどまでに難しくはないけれど、1冊丸ごととなるともう至難の業だ。だから頭からしっぽまでそっくりに模倣してあったりして、中身も非常にグレードの高い作品だったら、ふつうの偽物を通り越して、芸術的偽書みたいなことになるだろう。フェイクを書くのはフェイクなりに多難なのである。

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 偽書のほかには、偽画もある。ルノアールとか、ルーベンスとか、巨匠のタッチをそのままに一幅ものす。この場合はたいてい金銭が目的だ。そりゃ確かに巨額の紙幣が飛び交うだろう。偽画をめくってのミステリーに松本清張の『真贋の森』というのがあった。

 偽書、偽画とたどったのは、『超動力蒙古大襲来』が、偽史のコミックだからだ。偽物の歴史絵巻。それもかなり人を食っている。人を食って読み手の心をいたく躍らせる。

 12世紀、チンギス・ハーンたるテムジンは、わずか2、300ほどの蒙古軍を率いて2000のメルキト軍に攻めいろうとしていた。常識ではかなうはずがない。ところがメルキトはさんざんな敗北を喫してしまう。なぜか。モンゴル軍は「モンゴル馬」というけた外れの馬力と駆動力を備えた、特殊な馬にがいたのだ。と、このあたりから物語はかなりきな臭さを帯びてくる。

 「モンゴル馬」がどういう生き物かといえば、ちょうど馬車ほどの大きさの手なのだ。手首から先の形をとるこの馬は、指を使って疾駆する。隊はこれに打ちまたがって獅子奮迅と暴れまくる寸法。

 14世紀、東西の交易が盛んになると、香辛料の取引がしきりに行われたが、それ以上に重要だったのが「モンゴル馬」だった。後期十字軍に、百年戦争に、「モンゴル馬」は重用された。

 やがて「モンゴル馬」は、ものすごい勢いで全世界に広まっていった。そして19世紀、ジェームス・ワットは「モンゴル馬」を使った紡績機を発明。世界の動力源は「モンゴル馬」を支えとするようになる。

 一種のパラレルワードものと観ることもできようが、ここはむしろ、想像力の氾濫というか、わかりやすくいうと、「大嘘の花園」を楽しむ趣向と考えた方がおもしろい。実にばかばかしいのだが、ここに描かれているらんちき騒ぎは、世界を更新させる底力がある。喜劇でも悲劇でもない、らんちき騒ぎともいえるか。ばかばかしさが生み出す、大きなエネルギーを体験されたい。


絶大な戦力の秘密は奇怪な姿をした馬にあった

「モンゴル馬」は巨神の手首を切り落とすことで生産される

ジェームズ・ワットは「モンゴル馬」式紡績機を発明する

第一次世界大戦でも動力源はすべて「モンゴル馬」からとられた

血液の供給によって稼働時間を延ばした「モンゴル馬」は人を襲い始める