大文豪にしてはあまりにロマンチックな淡い恋心の物語
更新日:2012/2/3
ちょいと前に「カラマーゾフの兄弟」の猛烈なブームがあって、ドストエフスキーの名前も以前よりは知られるようになったわけですが、「暗い、深刻、長い」の3ポイントが特徴っつうイメージがゆきわたってるんではないかしらん。いや、そうなんですけど、ドスト様のほとんどの作品はドエリャー長く、めっちゃ深刻で、とっても暗ら暗ら。
ただし、初期作品の中にはシュールな寓話みたいなのや、ユーモラスな笑い話みたいのや、ロマンチシズム漂うラブストーリーみたいのがいくつかありまして、この「白夜」はそんなロマンチックな中編の代表作なんでございます。はじめてドストエフスキーを読む人も、挫折せずに読み通せる入門作品といってもいいでしょう。
物語はペテルブルグの白夜の4晩に展開します。この街に住んで8年目にしていまだ知人のひとりも作れない、なんというか引きこもりの妄想型青年である主人公は、夜の美しさにいざなわれてふらふらと街にさまよいでるのでした。と、運河の欄干にもたれた美少女に勇気をこめて話しかけた彼は、1年前に旅に出て戻ってこない恋人を待ち焦がれる彼女と知り合いになり、とめどない空想を語りかけます。次の夜もその次の夜も会う約束をした二人は、そうやってお互いの想いの丈を語り合うことになります。そうです、これはほのかに香り立つ淡い恋心の物語なのです。
ドストエフスキーの魅力についてはいろいろいわれますが、わたしはなによりも「多弁」が尽きせぬ力だと信じています。とにかく、地の文にしても会話文にしても、後から後から語りがあふれてとまらないのです。しかもそれがシェイクスピアみたいな形の上の饒舌でなくて、全体を「熱」がおおっているのだからステキです。つまり、喋るだけの中身を人物がもってるんですね。
次に、作者はけた外れのロマンチストでありながら、同時に登場人物たちに対して実に冷たい鬼のようなリアリストでもある、これも素晴らしい。恋心の物語といいましたが、よく読むと深く相手を理解し受け入れて語り合っているように見えながら、実はお互いの気持ちは意識しないところですれ違っているという、そのことが読者にだけは分かるという、現代文学の鑑みたいなことがこの本では起こってんです。ラストでとってもシビアな出来事の起きる下地は巻頭から用意されてるこの憎さよ。
ですから、アンチ「電車男」めいた味わいに、甘く熱に浮かされながら読みふけることのできる幸せを、みすみす逃す手はないですぞ。
主人公は冒頭からなにやら夢見心地で街へさまよい出る
空想というか、ほとんど妄想が暴走状態
いよいよ問題の美女と遭遇
こんな「電車男」にしかし美女は暖かく優しかったのだ