徹底的にダメな大店の若旦那のおかしさ哀れさいとおしさを描ききる

小説・エッセイ

公開日:2011/10/29

手鎖心中

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:eBookJapan
著者名:井上ひさし 価格:420円

※最新の価格はストアでご確認ください。

「手鎖心中」は井上ひさしの直木作受賞作です。黄表紙作家を目指したある青年のお話。

黄表紙ってなにか。

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黄表紙というのは、江戸の中期から末期にかけてはやった、本のことです。1ページに1枚イラストが載ってて、イラストの場面に即したセリフやら状況説明が同じページに字で書いてある。分かりやすく言っちゃうと、マンガですね江戸時代の。中身もマンガにふさわしく、色町でモテる妄想に溺れちゃってダメダメになってるキモオヤジのこととか、有名な物語の後日譚をシャレとジョークと見立てで書き上げるといったようなたぐいのものでありますな。

サブカルチャーですから、表だった文化の中では「へっ、あんなもの」とさげすまれるわけです。だけど大衆文化だから、ヒットを飛ばせば市井の人々からは大いに憧れの目で見てもらえる。賛辞にかこまれ下へも置かぬ扱いだ。

で、どうしてもその作家になりたいと念じたのが、江戸は材木問屋の大店のひとり息子栄二郎です。いまでいう大出版社の蔦谷重三郎宅にあまたの物書きが集まるのの、仲間入りをして出入りする栄二郎なんですが、作品作りに命がけになればいいものを、世間に騒がれることに命がけになってしまうたちで、よくあるバカといえばそうなんですが、テキトーな思いつきから1冊作った本の発売日に、黄表紙作者は奇行をおこなうのが習いだからと、浅草観音の境内で俵にくるまり手だけ出してとまった鳩を捕まえようとして1日つぶす、評判にもなにもなりゃしない。

まったく有名になれないので思いついたのが手鎖。当時お上からけしからんと出版禁止を喰らったときの咎に四六時中重い手錠をつけられるというのがあった。これが手鎖。なんのとがめもないのにこの手鎖をみずからつけて、吉原の花魁と狂言心中をして世の人の喝采を集めようというのが栄二郎の魂胆。

この徹底的に浮世離れした救いようのない奴に、突然思いもかけない運命が襲いかかり、蔦谷に出入りしていた幾人かの作者志望の者たちにも人生を切り開くきっかけが訪れる。切ないくらいにおかしい黄表紙作者たちの物語です。


語り手は上方から東京へ修行にきている狂言作者・近松与七だ

栄二郎は出端からいきなり軽薄そうなふるまいで、なかなか乙である

黄表紙の作者らしい境遇になるため、親に頼んで勘当してもらうなどとあきれたことを栄二郎はいっている (C)Hisashi Inoue 2004