ムスメ版『弥次喜多道中』? 痛快でコミカルな女3人のお伊勢参り

小説・エッセイ

更新日:2015/2/12

ぬけまいる

ハード : 発売元 : 講談社
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著者名:朝井まかて 価格:※ストアでご確認ください

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 「ぬけまいる」、分かりにくいです。何のことでしょう。「ぬけカード」でたまるポイントのことではありません。「まいる」から説明します。

 「まいる」は「詣る」です。江戸時代、年をくだるにつれ、一生に一度の念願というほどに、三重の伊勢神宮への参拝熱が庶民のあいだには高まっていきました。お伊勢さんは全国の神社の中の神社、神さんの親玉の神さんですから、厄落としにはいちばんと思われたのでしょうが、それと同時に、伊勢への旅路そのものが晴れがましくもありがたい特別な時間と受け止められたのもあったはずです。

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 どうしたはずみか、このお伊勢参りが突如として群衆になって、怒濤のように雪崩をうった現象があったらしいのです。一群には途中途中の人々が次々に加わってどんどんふくれあがり、お祭り騒ぎのように伊勢神社を目指します。これを「おかげ参り」といいました。仕事もほったらかし、家の者にも黙ったまま、ふいっと出かけてしまうから、抜けてしまう、つまり「ぬけ参り」ともいったのです。これが「ぬけ」。

 「ぬけまいる」は「ぬけ参り」に出かけてしまう3人の女性の姿を描いたハートウォーミングにして軽やかな物語です。

 お江戸日本橋に住まう、3人の幼なじみ。お以乃は母・お里とともに一膳飯屋を営む勝ち気な娘。お蝶は世間に知らぬ者とてない大店の小間物屋を切り回す切れ者。お志花は御家人の家に嫁いだ、ヤットウの心得もある気立てのよい子女。それぞれの屈託をうちに秘めながら、彼女たちはある日突然、「ぬけ参り」に旅立ってしまう。

 この3人のでこぼこぶりが、旅の途上で一波乱も二波瀾も引き起こし、人情話に、活劇に、メロドラマに、サスペンスに、ラブストーリーに、絡まり合いながらコミカルに話を進めていくという、なんかこう「娘版・弥次喜多道中」といったおもむきであります。ちなみに「弥次喜多」もお伊勢参りの話ですから、念のため。

 いちおう時代物なんだけど、それほどしっとりした手触りはなくて、バッサリいっちゃうと時代劇コミックというテイストの、足回りのよさが身上です。品川、保土ケ谷、大井川、宿場宿場で巻き起こる事件を、3人はそれぞれのとりえでお互いにおぎないつつ解決してゆく、その連係プレーが痛快といえましょう。

 時代物というのは、考証をどれだけ忠実になるかがむずかしいわけで、ガチガチにリアルにしたら分からんとこだらけになっちゃうし、ユルユルにしたらしたで風情もなにもあったもんじゃない、宮部みゆきなんかそのあたり憎いばかりに巧いんで、その点では本書もすこぶる読みやすい風格を保っていますね。読んでいると、みんなちゃんと髷を結ってる絵柄で思い浮かぶ。

 女3人でお伊勢参りへ旅立たせた作者の思惑は決して思いつきではなく、女ならではの屈託を抱えた彼女たちを、旅の途次でさまざまな出来事に立ち向かわせることで、少しずつわだかまりを解かせてやり、明日への一歩を用意し、お伊勢参りという晴れの舞台でやさしく言祝いでやる、そういう裏ストーリーで物語を紡いでいるのです。なかなか爽快。

 お以乃、お蝶、お志花、つまり、花札の「こいこい」でいう「いの・しか・ちょう」という上がり手にちなんだ名前も、いかにもハッピーエンドにふさわしいめでたさだといえましょう。「手本引き」という東映やくざ映画でしか見たことのなかった恐ろしい札勝負のルールも初めて分かって、この本読んでちょっと得しました。

 


主人公たちはそれぞれに深い屈託を抱えている

お伊勢参りにはうまくすれば関所手形も金もいらない

旅支度は品川の宿で買いまくる

保土ケ谷の宿では風呂の中で大立ち回り

小田原の宿では、川渡りの賃料も払えないすってんてんになっている

老夫婦の団子屋を手伝うことに