『鴨川ホルモー』『プリンセス・トヨトミ』の万城目学が描く「脇役」たちの生き様とは

小説・エッセイ

更新日:2015/2/20

悟浄出立

ハード : 発売元 : 新潮社
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 自らの人生を「ヒーローにもヒロインにもなれない脇役人生」と嘲笑う者の多くは、本当は、舞台にすら上がっていないのかもしれない。「自分の人生を歩む」のは、どうしてこんなにも難しいのだろう。他の人と自分の能力差に絶望。何をするのもムダに感じて、人の後を追えば、正しい道を歩けるように錯覚してしまう。だが、自分の足で歩くことこそ必要なのだ。たとえ、その道が険しくとも、見える世界は一変するに違いない。

 「脇役」と呼ばれる存在に温かなスポットライトを当てた作品がある。それは、『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』などの作品で知られる万城目学著の『悟浄出立』。第152回直木賞にノミネートされたこの作品は、万城目氏が彼独特の視点で中国古典文学を焼き直した短編集だ。故事の語り直しといえば、日本古典ならば、芥川龍之介の『羅生門』や太宰治の『お伽草子』、中国故事ならば、中島敦の『山月記』『悟浄出世』などが思い浮かぶだろう。しかし、万城目氏のこの作品ほど、今まで気づかなかった新たな物語を教えてくれる作品は他には思い当たらない。考えあぐね、もがきながら生きているのは、何も目立つ存在の人間だけの仕事ではない。主役になれない彼らだからこそ、読み手は彼らの生き様に共感させられることだろう。

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 「四面楚歌」を土台に項羽の愛人として知られる虞美人の悲しくも美しい姿を描いた『虞姫寂静』。父親に期待をされずに育った司馬遷の娘・栄を描いた『父司馬遷』…。この短編小説集の主人公たちは皆、心に鬱屈を抱えているからこそ、この鬱屈をバネに変えるからこそ、この物語の中でまばゆい程に輝いている。表題作『悟浄出立』は、『西遊記』の中でもっとも影が薄いキャラクター・沙悟浄視点で物語が進む。沙悟浄は猪八戒や孫悟空の様子を冷たい視線で傍観するも、自身は何もしようとしない。頭の中は、自虐の言葉で埋め尽くされている。そんな彼は、あの猪八戒がかつて天界で名将と呼ばれた経歴があるということを知り、興味本意からことの真相を確かめようとする。そして、猪八戒の話から自身の人生について思いをはせることなるのだ。

「好きな道を行けよ、悟浄。少し遠回りしたって、また戻ればいいんだ」。

「人生の主役は自分自身」などと言い古された陳腐な言葉よりも、この物語の登場人物たちのあがきの方が胸に迫るものがある。自分自身も強く一歩を踏み出してみたいと思える。たとえ、世の中から見れば、脇役だとしても、ちっぽけな存在だとしても、自分の道を全うすれば良い。読む者にささやかな勇気を与えてくれる1冊。


猪八戒のかつての活躍に興味をもった沙悟浄

悟空の言葉に読み手も勇気づけられる

衝撃の事実を知った虞美人が取る行動とは?

父・司馬遷と対峙する娘の姿