大小の宝石が散りばめられた短編集。美しい日本語に触れたいときに!

小説・エッセイ

更新日:2012/3/2

仕事部屋

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:井伏鱒二 価格:1,026円

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初めて読んだ井伏鱒二は中学生のときの「山椒魚」。

以来、熱烈に何度も読み返している作家ですが、この「仕事部屋」は初耳でした。最も長い展開の表題を含め全14編の短編集。もう、最初の1ページ目から圧巻です。

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その語り口。軽やかなのに品の高い筆致。作品全体にあふれ出る「おかしみ」と言葉の厚み。作家自身の身の回りのことを簡単につづったエッセイのようでもありながら、どこかに正確に計算されつくした小説技法があるようにも思え、この時代の作家たちの「偉大さ」を痛感します。

短編「家庭装飾」などは、妻に訓話を垂れる夫の口調がだんだんと柔らかになり、その夫婦の思い出や思いやりにつながってゆく小説手法が素晴らしい。手品を見るような表現方法です。こういう作品は昨今見ません…。

表題「仕事部屋」はさらりと始まりながら、どんどん登場人物の襞にはまってゆくその牽引力が凄い。友人相崎が間借りしていた仕事部屋を借りて住まう主人公。その家の住人妙齢のジュン子とその母。適齢期を過ぎるかもしれず、見合いをしたものの女給として「職業婦人」になってゆくジュン子に恋する相崎。主人公はその間に入って不思議な役回りを果たします。デパートの屋上で相崎の恋敵と主人公がシーソーをするシーンや、女給のいる「カフェ」は知らない世界なのになぜか懐かしい。現代からすればちょっと子供っぽいような男女の駆け引きが余計に新鮮です。

さりげないのに斬新な形容、クスっとさせる観察眼、一見なんでもない小道具がさっと人物の性格を示唆する…作品全てに大小の宝石が散らばっているような一冊。井伏鱒二万歳!

「悪い仲間」は収容所から脱走する少年「パチンコ」の話。脱走して仲間のヤチモロの前で莨をふかす約束をする…

「風雨つよかるべし」では、主人公が中央線で寝過ごしてしまい、旅館で一晩過ごすことに。そこには電話室で一緒になった可憐な少女が居合わせて。素敵なシチュエーションなのに、おかしみに溢れた作品

「晩春」より。こういうディティールがたまりません

「仕事部屋」より。昭和初期って、こういうことも考えたのですね。コンクリートも時代の変遷を実感するマテリアルだったんだ…と感心することしきり

「仕事部屋」より。、自分の娘をこう言われて、おかみさん、皺が…。なんというリアルな情景 (C)井伏鱒二/講談社