型破りなオーバーアクションに涙なくして読めないのだ、笑いすぎて、ああ菊池寛

小説・エッセイ

公開日:2011/11/23

恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 岩波書店
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:菊池寛 価格:604円

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菊池寛の一般的な作家イメージはヒューマニズムに基づいた大感動ストーリーの人ではないかしら。しかし、漢字を多用したちょっと古めの言葉遣いのスクエアな感じにたぶらかされてはいけません。あの「真珠夫人」の底抜けの、「anything gose」な顔を忘れちゃいけません。この方はある時期から、「さらばリアリズム」の巨匠なんであります。

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本書には短編が10編入っています。どれもたいそう面白いですね。面白い本来の意味で面白い。おもしろ可笑しい。超絶短編「形」なんかは、たった3ページのショートショートでございますが、わたくし中学のみぎり、国語の教科書で読んで「いいのか、こんなものを載せて」とビックラこきましたです。

侍大将中村新兵衛は音に聞こえた名将で、槍をとったら無双です。いざ合戦となったら真っ赤な羽織にキンキラキンの兜をつけて、その姿を見ただけで敵の雑兵は恐れをなして逃げ惑い、敵陣をなぎ払って進む姿は水際立ち、軍勢の中でもひときわ目立つその姿は計り知れぬ敵の脅威、見方にとってのはてしない力だったんです。さてあるとき初陣の若侍が、それ格好いいから僕にちょっと貸してといってきた。新兵衛はかわいがってた青年の無邪気さにOKしました。ところがふつうの格好で戦に出てみたら、敵兵の攻め方がいつもと違う。赤い羽織の若侍にはたやすく散らされたくせに、二番槍の新兵衛にはムラムラ群がってくる上に、なんかさっきの怨みをこめてか恐れも持たず力一杯突っかかって来るじゃありませんか。新兵衛さん必死に抗戦したのもむなしく、敵の槍が脾腹を貫いたのであります。

これね、人間に個性なんかないって話だと思ったんです、中学生のわたしは。あってもそんなもんは役にたたねえんだぞ、と。でも今読むと、菊池寛の流行作家へのイヤミみたいな気もしてきます。おまえなんか名前だけじゃないか、名前はずして本出したら誰も買わねえよ、って。

といったような「読み」はさておき、書いてあることは実に軽薄ではありますまいか。この軽薄さが分かりやすさとイコールになってる菊池寛先生がワタシャ好きです。

「恩讐の彼方に」はひときわ、ふたきわ、みきわもすごいです。涙なくしては読めない、笑いすぎて。

主人を斬って奔出した市九郎は悪事の限りを尽くしたあげく、やおら改心して出家し、行脚のはて年に10人もの人が滑落死を遂げるという難所にたったひとりの力でバイパスのトンネルを掘る贖罪に従事すること201年。一方惨殺した主家のひとり息子・実之助が成長し、彼を仇と訪ねてやってくる。いつでも討たれましょうと首を差し出す市九郎と仇捜しに10年を費やした実之助の運命やいかに。

って、紙芝居ですね、まるで。いや、あながち間違ってないんで、それ。もう、引用だけします。

掘っている市九郎。
「彼は自分が掘り穿った洞窟のうちに、獣のごとくうめきながら、狂気のごとくその槌をふるいつづけていたのである」
獣って。

実之助の前へ洞窟から出てきた市九郎。
「それは、出てくるというよりも、蟇のごとく這い出てきたというほうが、適当であった。それは、人間というよりも、むしろ人間の残骸というべきであった」
残骸。

とうとう洞窟が貫通しました。
「了海(市九郎)は「おう!」と、全身を震わせるような名状しがたき叫び声をあげたかと思うと、それにつづいて狂したかと思われるような歓喜の泣き笑いが、洞窟を物すごく動揺(うご)めかしたのである」
洞窟の壁薄すぎ。

市九郎、若いころけっこう悪党「恩讐の彼方に」

変格ラブストーリーものとしてとりあえず読んでおきたい「藤十郎の恋」

弾むような文章の調子もなかなか心地よい「形」 (C)岩波書店