「私」のアイデンティティーを決定する一大記憶絵巻の展開

更新日:2011/12/26

失われた時を求めて -まんがで読破-

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : イースト・プレス
ジャンル:コミック 購入元:eBookJapan
著者名:プルースト企画・漫画 価格:600円

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「失われた時を求めて」は全7巻の大長編だ。全部読み通すためには相当のフォース(C STAR WARS)が必要となる。フォースに自信のないものには、2巻本に縮めたダイジェスト版もあることにはあるが、それでもまだ長すぎるとの嘆きはよく耳にする。そこで、いっそのことマンガでどうだろうと、ドヤ顔の本書が登場したわけである。7巻に書き分けられた内容はほぼここに収まっている。

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よく知られているように、「失われた時を求めて 第一巻 スワン家のほうへ」は、紅茶にマドレーヌをひたして口へ運んだ時の匂いによって、忘れていた子供時代を鮮やかに思い出す有名な場面からはじまる。「わたし」のすべてはあの幼年時代の、母親からお休みのキスをもらうのだけが至上の喜びであった時に根ざしていると確認した作者は、以下7巻にわたって自分の生い立ちをことこまかに思い出してゆき、思い出が現在の自分にたどり着いたとき、書くべきことを手に入れたと確信して作家となるのである。つまりこの長大な7巻は、作者のアイデンティティの円環でもあるのである。

正直、記憶という不定型なものを雲のように繰り出していく本作に、まんがという形を描いてナンボの表現形式はそぐわない。社交界で幅をきかせ、のし上がっていく青年の成長譚であり、彼のまわりを取り囲む奇妙な人々の群像劇としても読めるそのストーリーは、確かにまんがでスイスイ分かっていける。けれども本作の本当の姿は、ストーリーの中にはない。人が過去を思い出すときの、奇妙な「語り」にある。この独特に奇妙な「語り」を味わうために、私たちは「失われた時を求めて」を苦心して読むのである。

紅茶にひたしたマドレーヌの香りがたちまち記憶を呼び起こした

それは幼年時代をすごした田舎町コンブレーの思い出だった

それはおおらかな自然にかこまれながらの感受性豊かな子供時代だった

母親が大好きだった少年は、いつもおやすみのキスを待ち焦がれるのだった (C)バラエティ・アートワークス/イースト・プレス