カタカナまでもが淡く、せつない恋物語

小説・エッセイ

公開日:2012/1/8

イトウの恋

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:中島京子 価格:594円

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「イトウの恋」というなんとも淡い雰囲気のタイトルが気に入って購入。イトウがカタカナなのは、明治時代、通詞として日本に滞在する外国人の案内に活躍した「伊藤」のお話ゆえです。当時の外国人たちはその名の通り「イトウ」と彼を呼んだのでしょう。

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「伊藤亀吉」は「イトウ」とは少し違った響きがする。それはそのまま、外国人と接している誰もが感じる「日本人としての私」と「外国語を操っているときの私」という違和感のようなものかもしれない、という考えにたどり着き。そんなことまで、タイトルだけで深読みしてしまいました。

日本語は表記だけでもこんなに細かい襞があるのだと、しみじみ美しい言葉だと感心することしきり。簡潔なタイトルでいい小説、近頃なかなか見つけづらいのでは。時代物という設定ではなく、ストーリーは現代から始まります。これもとても入りやすい。

中学の郷土部で顧問をする久保田耕平が、曾祖父の遺物から幻の人物といわれてきた「伊藤亀吉」のものと思われる手記を発見。自分の曾祖父と伊藤が何故つながるのか。伊藤の子孫は生きているのか。やる気のない中ボウたちに生きた歴史を感じさせたいと、熱血の久保田は手記を元に生徒と独自の調査を開始。その調査が、主人公久保田と伊藤の子孫で現代に生きる一人の女性、田中シゲルをめぐり合わせます。

19世紀に日本を訪れ、探検して歩いた「I・B」という英国女性探検家の著書『秘境』に印象深く綴られていた日本人案内役の「イトウ」。その探検記を裏側から読むような、案内役のイトウの率直な気持ちが吐露された手記はイトウの生い立ちの記でもあり、I・Bに寄せる恋心を綴ったラブレターでもあり。明治時代の外国人同志の淡いせつない恋愛と、現代の日本に生きる主人公たちのゆっくりとして、じれったくなるような出会いとその仲の深まりと。二つのメロディが非常に丁寧に、よく練りこまれて物語が展開してゆきます。

中島京子氏の作品は私は今回始めて読みましたが、うーん秀逸だ、秀逸だと感心していたら、これは吉川英治文学新人賞受賞作品でした。納得です。631ページを半日で読み終えたのは、著者の筆力と、適度な軽さと心地よいリズム、そしてこの講談社文庫の見開きに入っている文字数がかなり制限されている読みやすさゆえ。1ページにつき25文字X11行。スピード感を楽しみながら一気に読了。現代のアクの強い恋愛モノなどにぐったりとしてしまった読書家に、お勧めです。

イトウの手記の部分。彼の生い立ちがとつとつと綴られてゆく

現代に生きる伊藤の子孫、田中シゲルの登場シーン

英国女性探検家I・Bとの会話。著者の時代と人物にあわせた言葉遣いの変化が見事です (C)Kyoko Nakajima 2008