あなたも私も「或る一人の女」。共感度100%

小説・エッセイ

公開日:2012/1/26

或る一人の女の話/刺す

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:宇野千代 価格:864円

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文字が氾濫する現代、こんなにも文字に囲まれて過ごしているのに、「ほっ」としたり、嬉しくなったり、きれいだなぁと感動したりする言葉の群れに会うことはなかなかなく、小説となればもう「消費財」のように読み捨ててゆくものも多くなってしまったのではないでしょうか。

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宇野千代氏、「おはん」や「色ざんげ」の言わずと知れた明治生まれの大作家ですが、固くなく、すんなりとでもずっしりとしたものが読みたい。技巧がかっていないダイレクトな情景を浮かび上がらせてくれる小説が読みたい、とこの作品を購入、800円。

他のジャンルや作家から比べると少々お高めかもしれませんが、うーん。電子書籍でもこれだけ払っても何十倍ものおつりがくるほどの、読み応えです。言葉が大きな川の流れのように、最初から読者を巻き込み、すっぽりと物語を一緒に「生き」させてくれる迫力。あぁ。小説や、かくあるべし。物語は、氏の自伝的性格が強く、だからこそこの力強さ、なのか。

主人公一枝は、生まれてまもなく母を亡くし、心優しい継母に育てられます。父親は造り酒屋の次男坊で、放蕩家。働いていたのかいないのか、実家から金が送られてきては色町に通い、血を吐いて死んでしまう。一枝は亡くなった生母の姉の息子に嫁ぐも、父の死をきっかけに実家に戻り、学校の先生になります。当時の「職業婦人」。あぁ。

今の世の中でさえ、働く女性の偏見や不理解は払拭されたわけではないのに、あの当時。働く女性たちは「仕事」以外の場ですら、周囲の好奇の目に晒されていたのでは。出戻りで、教師で、結婚の約束もない男の同僚の家に通う一枝は明らかに、一時代早く生まれてしまった感のある女性。伝統や世間というしがらみに縛られることなく、でも自由快活あっはっはというのでもなく、ただひたすら「自分の生活」を立ててゆく姿。『いつでも何か仕事をしていなければならないという気持ちが一枝にはある。』という一節に、作家の生き方が凝縮しています。

小説家として、そして有名な芸術家との結婚や破局。着物のデザインも手がけた多彩な氏の、一番根底を探れる小説です。明治時代を「妻」や「女」としてでなく、「一人の人間」として生きようとする女性のたくましさ、その静かな戦いの真摯さ。勇気を与えられる1冊。働く女性に強く薦めます。

放蕩の父。雪の上の血。一枝の一生にインパクトを残した場面

ラブレター。「今朝はよいお天気です。うちの裏の畑で、ようずが一ぱい揚がっているのが、よく見えます。一枝、」としめした生まれて始めての手紙

初めての給料を母に全額渡すと、母は泣いた。一昔前の風景に、時代の変化の早さとその恐ろしさを実感したり

一人暮らしを始めた一枝に、プロポーズの手紙が…

70何歳になるまで、いつも何か仕事をし続けていた一枝。それは「ただ虫がはったり、鳥が飛んだりするのに似ていた」。美しい一節 (C)Atsuko Fujie 1966.1972