巨匠クリスティの可愛らしい可愛らしいトンデモ作品

小説・エッセイ

公開日:2012/2/16

ビッグ4

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 早川書房
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:BookLive!
著者名:アガサ・クリスティー 価格:669円

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「ビッグ4」は、アガサ・クリスティの7作目の長編にあたります。あの「アクロイド殺害事件」の手前です。たぶんクリスティもまだ自分の作風を手探りしていた時代なんでしょうね。「ビッグ4」を読むとどんな才人にも迷いの時期があるもんだと、つくづく分かります。いや駄作だというのではありません。待てよ、傑作というのも違うか。怪作ですね、アガサ・クリスティのトンデモ作品。

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ポアロの家へ突如倒れ込んできた泥だらけの男は、錯乱状態で、しきりに数字の4を書き散らしたあげく、少し目を離したすきに殺されてしまう。男の正体が英国諜報員と知れるとともに、世界に網を張り巡らせた悪のシンジケートの存在が明らかとなる。そのトップが「ビッグ4」と呼ばれる謎の4人組だった。ポアロとヘイスティングスは、イギリスから、フランス、イタリアとところを変えながら「ビック4」の探索と壊滅に生死をかけて挑むのだが、からめ手を取って敵陣からもさまざまな魔手が忍び寄る。クリスティが用意したあまりにも意外な結末とは…。

お分かりと思いますが、まず物語のスタイルがクリスティの多くの作品とたいへんに違います。まるで国際スパイ活劇です。でもってサスペンス・ミステリです。いつもの、広壮な屋敷を舞台にした閉じられた世界での殺人劇を、証人にひとりひとり当たりながらじっくりと、灰色の脳細胞だけを働かせてほどいていく作風とは別世界なのです。それだけに、起きる事件が息つく間もない矢継ぎ早の展開なのと、死体の数がもうゴロゴロと、殺人レーザー光線が、放射線兵器がと。いや、面白いんですよ、なにせ稀代のストーリーテラーの手になるアクション・エンタテインメントなんですから。ただね、なんでそいつがそこにいるのよたら、なんでそいつがそれ知ってんのよたら、ツッコミどころも盛りだくさんという、ある意味、実に嬉しい作品なんでありますよ。

ポアロって人は、体を動かす捜査ってのを、その作業もまた捜査員そのものをも軽蔑しきってる探偵でございまして、本書始まってすぐのところで、「彼は見事な変装をして犯罪者を追いまわしたり、犯人の残した足跡の寸法を測ったりする、ブラッドハウンドよろしくの、姑息なやり方をもともと軽蔑していた」と書かれております。そのはずなんですが、ところがアアタ、本書の中じゃ全編飛びまわりまくり、あれもするこれもするえらい騒ぎなのでポアロ大丈夫か、キヨーレオピンを送ってやろうか? となんだか可愛くなってくるのです、ポアロ・ファンとしちゃ。

それにですね、これもうネタばらしになっちゃうからあんまり言えないんですけど、最後にね、無茶苦茶なことが起きるんです、それだけはないだろってことが、これはもう読んだ人の勝ちですね。僕は30年前にすでに勝っていました。それ以来の本作のファンです。