日常を踏み外したところに潜む恐怖がひたひたと迫る、沼田まほかるの痺れる9編

小説・エッセイ

公開日:2012/3/8

痺れる

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 光文社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:沼田まほかる 価格:1,050円

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うわあ、ぞわぞわする。文庫化されたデビュー作『九月が永遠に続けば』で火がつき、『ユリゴコロ』で大藪春彦賞を受賞した沼田まほかる。今まさに旬の作家だ。イヤミスともダークとも怖いとも評される作風は、短編集でも切っ先が鈍らない。いや、短いがゆえに持ち味が凝縮されている。

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「林檎曼陀羅」は、ある老女のモノローグで構成された一編。棚の奥にしまってあるはずの何かを取り出そうとしているらしいのだが、すでにかなり記憶が混濁している様子で、まずそこにゾクリとさせられる。おそらくは端から見たら常規を逸しているであろうその行動は、本人の思考と言葉で語られるために(本人にとっては)ちゃんと筋道が通っているというのがさらに怖い。しかもこの短編は、終盤に大きなサプライズが用意されている。人が少しずつ壊れていく恐ろしさに別種の恐ろしさが融合するラストは、読み終わったあともいつまでも尾を引く。

「テンガロンハット」はまた別種の怖さだ。ふとしたきっかけで知り合った親切な男が、その過剰な親切さでもってどんどん家の中に入り込んでくる。また、アパートのゴミ捨て場チェックが趣味の住人を殺そうとする「普通じゃない」や、映画館の痴漢に毎週会いにいく「TAKO」など、どれも日常を少し踏み外したところにある恐怖が、じわじわと、ねっとりと語られていく。

どこかエロティックで淫靡な香りがする「沼毛虫」、恋人の妻の存在が頭から離れない「エトワール」、道に迷った青年を同居させる「ヤモリ」など、どれも物語の始まりは普通なのにしだいに少しずつ何かがずれていき、何かが壊れて行き、そして思わぬ場所に着地する。いや、着地せずにどこまでも堕ちて行くと言った方がいいか。

怖くて、もやっとして、いつまでもまとわりつくような嫌な読後感。幽霊が出るわけでも過剰にグロテスクな描写があるわけでもない。日常の隣にある恐怖だからこそ受ける、リアルな「イヤな感じ」。心が不穏にざわめくような独特の世界。それがクセになる。まほかる初体験の読者に薦めたい入門編としても最適の1冊。


目次。まとわりつくような静かな恐怖をたたえた9編が収録されている