サイコパスは「恐怖の表情」を認識できない――その脳の特徴とは

暮らし

公開日:2018/9/29

『恐怖を知らない人たちへ』(アビゲイル・マーシュ:著、江戸伸禎:訳/KADOKAWA)

 フィクションの世界でも現実世界でも、ある凶悪犯罪の犯人が「サイコパス」だと聞くと、ザラリとした不安な気持ちになることがある。常人の理解を超えた存在だけに、怖いけど気になる。できればリアルには近づきたくない…が、普段の彼らはいたって「普通の人」にみえるようで、にこやかに挨拶をかわす隣人が実はサイコパスで凶悪事件の犯人だった、なんて驚くべきことも実際にあるらしい。では、彼らは普通の人と何が違うのだろうか?

 TEDトークでも話題になったアメリカの気鋭の研究者による新刊『恐怖を知らない人たちへ』(アビゲイル・マーシュ:著、江戸伸禎:訳/KADOKAWA)は、そんな「サイコパス」の謎を最新の科学技術でひもとく一冊。他人を思いやることができない人格障害をサイコパシーと呼び、サイコパスとはその性質を持った人のこと。他者に冷淡で自分の行動をコントロールすることが難しく、時に他人を騙したり操ったりするなど反社会的行動をとり暴力的でもある。アメリカで真のサイコパスに分類される人は全人口の1~2%だが、暴力犯罪者の内訳をみると実に50%がサイコパスに該当するとか。

 ちなみに暴力衝動は激情にかられた衝動的な行動と思われがちだが、サイコパスの場合は事前に計画して意図的に行うということにヒヤリ。なお遺伝率の高い発達障害のひとつに分類され、サイコパスの大人はほぼ青年期もしくは幼少期に最初の兆候をあらわすという(つまりサイコパスの子どもも当たり前にいる、ということだ)。

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 さて、そこで本題。彼らはどこが普通と違うのか? 著者はサイコパスの特徴を持つ10代の子どもたちの脳をMRIで調べ、脳の微細な血流を調べていく。そしてわかったのは、「サイコパスの子どもたちは脳の中の〈扁桃体〉がうまく機能していない」という事実だった。その結果、彼らは強い恐怖を覚えている人や苦しんでいる人の表情を「認識」できず、さらに自分も「恐怖」を感じにくい状態にある。被験者の多くは悪びれもせず大人も怯むような問題行動を繰り返しているのだが、そもそも「自分の行為が相手に脅威となっている」という事実を認知できていないからそんな行動に出てしまうというわけだ。

 そんな彼らの行動の鍵をにぎる「扁桃体」。アーモンドを意味するラテン語が語源であり、細胞としてみれば脂肪と線維でできた直径1センチほどの塊にすぎない。だが「人の怯えた表情を認識してそれに反応する」というその機能こそ、「人としての行動原理」に関わる重要なことなのだ。

 では、この扁桃体が活発な人はどうなるのだろう…「サイコパスと真逆の人」として著者が次に興味を持ったのは、自らの命を顧みず咄嗟に火事で燃える家に飛び込んでいったり、赤の他人に自らの腎臓を提供するドナーとなったりという「極端な利他行動」をする人々。本書ではさらにそうした「極端な利他主義者」の脳をMRIで調べていく――。

 本書によれば、「利他主義」は人類の持って生まれた特性であるらしい。誰もがそうした利他主義を発揮すればこの世界はさらによくなる…視野を広げてそんな希望ある未来を語るのも本書の面白さだろう。エキサイティングな最新の脳科学で好奇心を満たしてくれるだけでなく、私たちの日常にヒントも与えてくれる興味深い一冊だ。

文=荒井理恵