太宰治があの大物作家に突きつけた「悪口」が陰湿で凄い!? 言葉のプロの悪口集

文芸・カルチャー

更新日:2019/6/5

『文豪たちの悪口本』(彩図社文芸部:編/彩図社)

 夏目漱石や芥川龍之介、太宰治といった文豪たちの作品には今なお語り継がれるおもしろさがある。個性と筆力を活かした作品の数々には、言葉の使い手としての表現力が詰め込まれている。だからこそ、独自の視点で文豪たちの“筆力”にスポットを当てた『文豪たちの悪口本』(彩図社文芸部:編/彩図社)は、ぜひとも手に取ってみたい1冊だった。

 文豪と呼ばれた大作家たちは、言葉を生業にしているプロ。そんな人たちがカっとなった時やどうしようもなく許せない相手に向けた言葉には、いったいどんな表現が込められていたのか――。本書は、文豪たちが悪口を言うまでに至った経緯や人物像についても丁寧にまとめられているのが特徴。悪口のワンフレーズだけでなく、その悪口を書き記した手紙や愚痴をテーマにした作品も掲載されているため、より深く文豪たちの当時の心境に思いを馳せることができる。そこには人気作家たちが味わってきた光と闇も見え隠れする。文豪たちの悪口や愚痴に触れることで、私たちは彼らの“人生”を知ることができる。

■芥川賞を逃した太宰治が書き綴った悪口とは?

 村上龍や中上健次ら名だたる作家たちが受賞してきた芥川賞は、文筆を職にしている者なら喉から手が出るほど欲しい文学賞だろう。知名度が高く名誉のある賞だからこそ、受賞できなかった文豪も多い。例えば、かの有名な太宰治もそのひとりだ。

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 太宰は短篇「逆行」が、第1回芥川賞の候補作となっていた。しかし、選考委員の川端康成は太宰の私生活の荒みを理由に、別の作品を推奨。この経緯に憤慨した太宰は、川端の悪口を記した抗議文を「文藝通信」に投稿した。

 太宰は、犬や小鳥を育てながら女の舞踊にのめり込む厭人癖の男を描いた川端康成の名作「禽獣」を彷彿とさせる一節で川端を批判。

“小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。”

 太宰が綴った怒りの投稿からは、成功をおさめた川端に対して借金に苦しむ自分を比較した痛みも伝わってくるように思う。当時、太宰は鎮痛剤であるパビナールの中毒になっており、薬を得るために借金をしていた。川端からの指摘は図星であったからこそ、太宰の心は怒りで満ちたのだ。

 ただ、太宰の抗議文からは怒りだけでなく、川端へのリスペクトが垣間見られるのがユニークな点だろう。友人の壇一雄に自作を褒められ、「川端氏なら、きっとこの作品が判るにちがいない」と言われた太宰はその言葉を胸に、芥川賞の受賞を夢見た。それは川端の実力を認めた上で、彼を一筋の光だと思っていたからではないだろうか。だからこそ、余計に作品単体として評価してもらえなかった切なさが太宰の中で強い怒りになったように思う。

“あなたは、作家というものは「間抜け」の中で生きているものだということを、もっとはっきり意識してかからなければいけない。”

 川端に向けたこの悪口からは、太宰が経験してきた人生の闇がうかがい知れるようだ。

 太宰の暗い人生は、日々の愚痴を記したかのような「悶悶日記」という作品でも知ることができる。借金や鎮静剤への依存、家族からの除籍を経験した太宰が作中に記した愚痴には、繊細さも漂っている。

“医師に強要して、モルヒネを用う。ひるさがり眼がさめて、青葉のひかり、心もとなく、かなしかった。丈夫になろうと思いました。”

 太宰が吐き出した愚痴や悪口は、単なる罵詈雑言ではなく、彼の叫びであるかのようだ。愚痴や悪口でも人の心を動かせる、それはまさに文豪だからこそなせる業だろう。悪口をいう時は人間がもっとも本性を剥き出しにする瞬間。だからこそ、悪口を通すと、その人の本質や人生も見えてくる。文豪たちの悪口の裏には、彼らが辿ってきたドラマティックな生き様が隠れているのだ。

文=古川諭香