元オリンピックランナーが書いた、暖かな自伝的ドジっ娘マラソン小説

小説・エッセイ

更新日:2012/6/12

カゼヲキル〈1〉助走

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:増田明美 価格:1,134円

※最新の価格はストアでご確認ください。

このマラソン小説の著者は、増田明美さん。穏やかな優しい声でマラソンや駅伝の解説をしている姿を思い浮かべる人も多いだろうが、80年代の日本女子マラソン界を牽引してきた選手のひとりである。後にマラソンで日本女子初のメダリストとなる有森裕子さんが、高校時代に増田さんに憧れ、目標にしていたというエピソードもあるほどだ。

advertisement

そんな増田さんが書いた物語は全3巻。千葉の田舎町で育った純朴でドジっ娘の中学生・美岬が、県の陸上競技会に出たときにその才能を見いだされ、陸上で有名な強豪校に入学することになる。ただ走ることが楽しかった時代から、競技としての陸上を学ぶことになるわけだ。ライバルとの出会い、部内の人間関係の悩み、ケガとの戦いなどを経て、高校駅伝、トラック競技、マラソンへと舞台を移し、世界陸上に出場するまでが描かれる。ヒロイン美岬の環境や経歴を見ると、ほぼ自伝的小説と言ってもいいだろう。

ここに描かれるのは、はからずも世界を目指すことになったひとりの少女の心の動きと、彼女を支える人々の物語だ。スポーツ小説としては決して目新しいチャレンジがあるわけではないし、アスリートならではの技術情報小説という側面も薄い。キャラクタもわかりやすいほどはっきりと作られている。プロの手による多くのスポーツ小説の名作を読んできた読者には食い足りない部分もあるだろう。けれどそれらには理由がある。

本書はマラソン小説という体裁ではあるものの、その実、増田さんから若きランナーへのメッセージなのだ。増田さんは本書を、あきらかに若年層向けに書いている。マラソンで世界を目指すには、多くの人の協力や助けを借りなくてはならないこと、そして代表となるにはそういう周囲の人の思いをちゃんと受け止めるだけの精神がなくてはならないこと、そしてそれらをふまえた上で、美岬たちの話を読んでひとりでも長距離走に挑戦する若者が増えてくれるといいな、と述べている。経験から来る言葉は、重い。けれど暖かい。

私はオリンピックでの増田さんをよく覚えている。1984年のロサンゼルスオリンピックだ。このとき彼女は16km地点で途中棄権し、涙ながらに会見した。そのときの辛い経験からだろう、本書には、舞台は違えど同じような経験をし涙を流すであろう後輩たちに向けての暖かいエールが込められている。彼女の暖かい人柄が、そのまま文章になったかのようだ。

まもなくロンドンオリンピック。出場するアスリートたちの影には多くの人の協力と、道を開いてきた先輩たちがいることを、本書は教えてくれた。


各巻ごとに書かれている著者あとがきは必読。増田さんのマラソンへの愛に溢れたエッセイになっている

紀伊国屋BookWebにまとめ買い機能がついた。2タップでシリーズ全館を購入できる