祝・直木賞受賞! 平凡な人たちの「魔が差す瞬間」が身につまされる短編集

小説・エッセイ

公開日:2012/7/21

鍵のない夢を見る

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:辻村深月 価格:1,209円

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7月17日、第147回直木賞の発表があった。受賞したのは辻村深月の短編集『鍵のない夢を見る』。青春小説や学園ミステリで人気だった著者が徐々に舞台の幅を広げ、「自分の年代よりも年上で、人生経験も豊富な読者に読まれるに足るものを書こう」(受賞会見より)という思いで書き始めた作品集だという。デビューから8年、3度目の候補で賞を射止めた。

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収録されているのは5編。いずれも地方都市を舞台にした物語で、共通するのは犯罪が扱われていることだ。その犯罪は、全国ニュースで大々的に報じられるようなものではない「町の事件」が大半。そしてもうひとつの共通点は、「普通の人が、ふとしたはずみで起こしてしまった事件」であるということだ。

しかし事件メインのミステリではないことに注意。むしろそこに至る心理描写こそが読みどころだ。当事者のみならず、巻き込まれてしまう側の「魔がさす」瞬間が丹念に描かれる作品もある。たとえば第1話「仁志野町の泥棒」の主人公は小学生の女の子。同級生の母親が盗みを働いている現場に出くわしたあと、町内の大人はそれを承知して内々で済ませていたことを知る。そのときの言葉にできない戸惑いと、その同級生に対しての態度に窮した自分を大人になってから振り返るという構成だ。このあたりの閉塞感や圧迫感などの心理描写が、読んでいるこちらが息苦しくなるほど、巧い。

どれも登場人物が「普通の人」で、「モテたい」とか「褒められたい」とか「ちょっとだけ育児から解放されたい」とかの、誰でも思うようなことが動機になっているので、自分にも起き得ることなんだという恐ろしさと薄ら寒さが全編に溢れている。結果だけ見れば「なんでそんなことをするかなー」「そこまでするようなことか」と高所から一刀両断しそうな事件なのに、実は誰しも自分の中にその芽を持っていることに気づかされるのである。それが、怖い。

もうひとつの読みどころは、各編に登場するダメ男たちだろう。たとえば放火事件を扱った第2話「石蕗南地区の放火」では、なるほどこれではモテないわ、というカンチガイ男が登場する。第3話「美弥谷団地の逃亡者」の、相田みつを好きなDV男は言うに及ばず、第4話「芹葉大学の夢と殺人」は、何の根拠も実績もなく努力すらしていないのに語る夢だけは大きい、しかもそれが思い通りにならないのは周囲のせいという、どこから見ても全方位がイタい大学生の話だ。それを著者は皮肉たっぷりの筆致で綴っていく。

怖さと痛さと皮肉に満ちた本書だが、第5話「君本家の誘拐」を最後まで読むと、ほのかに希望がある。辛くてやるせない短編集だが、順に読んで行けば読後感は決して悪くない。そこまで計算された作品集なのだ。


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