実践派の天才がアイデア満載で表現する『独立国家のつくりかた』

小説・エッセイ

公開日:2012/8/19

独立国家のつくりかた

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 講談社
ジャンル:教養・人文・歴史 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:坂口恭平 価格:702円

※最新の価格はストアでご確認ください。

僕の通っていた学校は西新宿に校舎があった。その頃の新宿駅地下道や新宿中央公園あたりにはたくさんの段ボールハウスが並び、何人もの“ホームレス”と呼ばれる路上生活者たちが寝起きしていて、毎朝そこを通る度に漠然とした不安と不思議な共感を感じていた。あと何年かしたらこのあたりで寝泊まりすることになるんじゃないか? いや、きっとそうなるんだ、というあまりにネガティブなイメージ。そんな考えが浮かぶたびにその気持ちを必死に打ち消し、絶望感が色濃く漂う未来からなんとか希望を見い出そうとする。僕の10代後半は、そういう毎日の繰り返しだった。

advertisement

不思議だったのは“共感”の部分。あの時は何に共感したのか全く解らなかったのだけど、今なら多少理解出来る。要するに彼らは究極に自由で、それがとても魅力的だったのだ。食べたくなればどこかで食べ物を探すし、眠たくなったら好きな時に好きな場所で眠る。立ち居振る舞いを気にすること無く、本当の意味で好きに生きられる。そして好きに野垂れ死にできる。あの頃はきっとそう感じながらもそれを肯定することを無意識で拒否していたはず。もちろん今でもそれが当たり前の反応なのだと思うのだが。

この『独立国家のつくりかた』の作者・坂口恭平氏は、まだ若い頃から“ホームレス”の世界に1歩踏み込んだ人。きっと僕が抱いたような“共感”を拒否することなく、その世界の成り立ちにちゃんと向き合い、その中からこれは! と思える暮らし方や考え方をきっちり吸収してみせた。普通の人であれば絶対に踏み込まない線をヒョイと超え、そこから何かを得る。そういうことが出来てしまう人たちのことを、世間では“天才”と呼ぶのだろう。あの頃に感じた“共感”の正体を探ろうともしなかった僕は、やっぱり凡人に過ぎず。実際この人は建築・芸術・音楽・絵画・執筆など、多種多用な世界で縦横無尽に活躍しているのだから、まさしく天才である。

その天才が、東日本大震災での政府の対応に疑問を持って勝手に設立したのが「新政府」で、この作品で言う“独立国家”。しかし、リアルな国家では無く、“社会を変える行為=芸術”ということで活動しているらしい。目的は明確、「生存権の死守」。路上生活者たちのコミュニティもちゃんとモデルになっており、徹底した相互扶助による「生活費0円」で生きられる国、ということらしい。

・・・こう書くといわゆる自己啓発系の書籍のような気がしないでもない。かなりな紙一重感が漂うし、言葉だけの羅列であれば正直胡散臭いだけなのだけど、この作品はとにかくおもしろい。常人では絶対に考えつかないアイデアが溢れているし、何より大きいのはここに書いてあるほとんどをこの作者自らが実践している、という呆れるくらい圧倒的な行動力と、そこから来る抜群の説得力にあると思う。

駐車場におさまる程度の大きさで家を作り、そこに車輪を付け、移動が可能な「モバイルハウス」とすると、日本の建築基準法では不動産では無い、と定義される。固定資産税がかからず、建築に免許もいらず、数万円で作成でき、かかる費用は毎月の駐車場の料金のみ。こんなちょっと驚きな事実を書かれてしまうと、取り敢えずウキウキしてしまうのはきっと僕だけじゃない。そういうステキで卓越したアイデアがこの作品にはたくさん詰まっている。

今後、何かを観る時の視点は少し変わるかもしれない。万人におすすめというタイプではないけど、間違いなくいろんな人の感想が聞きたい本ではある。触発されてるのかな、やっぱり。


電子書籍版表紙に作者ご本人登場も若干誤解を受けそうな造り、もうちょっとなんとかならなかったのか?

各章のタイトル・サブタイトルは興味をそそられるワードがたくさん

作者が感銘を受けた、というソーラーパネル付きブルーシートハウス、確かにこれはちょっと魅力

これが「モバイルハウス」のバリエーション、左の2階立ては普通に魅力的で住んでみたいくらい

Kinoppyのインターフェースはシンプルながら高性能、しおりの解りやすさは他の追随を許さず