これがぼくらの「よさこい」だ──熱くて優しい高知の夏に酔え!

小説・エッセイ

公開日:2012/8/25

夏のくじら

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:大崎梢 価格:712円

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今や各地の夏の風物詩となった観のある「よさこい」だが、発祥はもちろん高知県。一地方の祭りが全国に広がるなどということがなぜ可能だったか、それはよさこいが「神仏に一切関係がないという特異なルーツを持つ」祭りだからだと言う。なるほど、土地の神様や故事に基づいた祭りなら、そうそうよそには持っていけまい。おまけによさこい祭りは戦後「となりの徳島県の阿波踊りに対抗して作られた」というのだから、なんというか、あまりにあっけらかんとしていて楽しくなる。


 

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大学進学を機に、父の郷里である高知に住むことになった篤史が主人公。当然のようによさこい祭りへの参加を誘われる。ためらいながらも参加してみると、あまりに個性的なチームの面々や、衣装も楽曲も振り付けもぜんぶ自分たちで作り上げるというやり方に驚きの連続。もうひとつ、彼には4年前に会った“初恋の人”を探したいという思惑もあったのだが……。

まず、「よさこい祭りってこうなのか!」という情報小説としてのおもしろさに注目。町内や職場などで「連」と呼ばれるチームを組み、その中で役割分担をし、ひとつの踊りを作り上げていく。チームのコンセプトを決め、楽曲や振り付けはプロに頼み、そのための資金を捻出し、全体のディレクションを考え、テーマにあった衣装をデザインし、振りの指導を受け──なるほど、よさこいが「参加型の祭り」と言われるのもよくわかる。

物語が進むにつれて次第に完成に近づく演し物。次第に固まっていくチーム。物理的なトラブル、人間関係のトラブルがあっても、ひとつひとつ悩んで解決して、また1歩進む。これは、あれだ。文化祭だ。みんなでひとつのものを作り上げる、誰が欠けても成り立たない、誰かが欠けそうになったらみんなでカバーする、あの熱さだ。人と人とが関わることで初めて成立する、それがよさこい祭りなのだとあらためて感じ入る。

大崎梢という作家は情景を描くのがとても上手で、ありきたりの風景にも匂いや空気のそよぎや音や温度を感じさせる文を書く。その腕でもって描く祭りは、すごい。渦巻く熱気と疾走感。彼らの周囲だけ温度が5度くらい高い、熱狂。からめとられそうな粘度のある熱さ、けれど爽やかな熱さに満ちている。みんなが叫び、踊り、跳ね回る。汗と一緒に、これまでの苦労が飛び散っていく。涙と一緒に、達成感が溢れ出る。これはぜひとも、暑い季節に読んでいただきたい。

高知のよさこい祭りは、その成り立ちがあっけらかんとしている、と冒頭に書いた。その鷹揚さがいい。鷹揚であるということは、人を責めない、人を縛らないということだ。こうでなくちゃいけない、とは考えない。こうありたい、こうあろうと考える。だから気持ちがいい。熱狂のベースに優しさがある。そしてそれは『夏のくじら』という物語が持つ味わいと、まるで同じなのである。


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