「理不尽」と向き合うために

小説・エッセイ

更新日:2012/8/31

冥土めぐり

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 河出書房新社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:鹿島田真希 価格:1,209円

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理不尽なことと、どう向きあえばいいのか。生きていれば天災や事件、事故に突然巻き込まれることもあれば、人間関係のいざこざや生活している環境にじわじわと苦しめられることもある。あらかじめ予知しようのない現実に対して、では私たちは無防備のまま何をすればいいというのか。

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鹿島田真希の芥川賞受賞作『冥途巡り』は徹底して、そんな理不尽なこととどう向きあえばいいのかを描いた作品だ。物語の語り手である奈津子は、病気で車椅子生活を余儀なくされている夫と共に穏やかな生活を送っていたが、ある日、町内の掲示板に「平日限り、区の保養所の宿泊割引一泊五千円」という旅行のお知らせを見つける。その宿泊施設は、かつて奈津子が体験し、「あんな生活」と呼ぶ苦しい日々を思い起こさせる場所だった。奈津子は夫と共に旅行をしながら、過去の忌まわしい記憶のひとつひとつと向き合いはじめる…

一見、物語は奈津子が自分の過去の苦い体験を淡々と語っているかのように見える。娘である奈津子から、際限なく財産をたかろうとする母と、そのお金で高級料理店やキャバクラなどで豪遊する弟。何かを無償で提供されることが当然であるかのように振る舞う彼らの行動は、たしかに奈津子を追い込んでいく。

しかし、奈津子は語る。「本当に辛いのは、死んでいるのに成仏できない幽霊たちと過ごすことだ。もうとっくに、希望も未来もないのに、そのことに気づかない人たちと長い時間を過ごすということなのだ。」そう、生活している中で、希望も未来も見いだせず、ただ過去ばかりにとらわれてしまう人生を奈津子は理不尽なことと呼ぶのだ。

物語では、いくつかの大切なシーンで海が描写される。「私、小さい頃から海ってなんか怖いと思っていたの、どうしてかしらね」夫である太一にそう語りかける奈津子は、一体海を何と結びつけて考えていたのだろうか。そして、彼女の過去を巡る、あたかも「成仏できない幽霊」と過ごすような日々とどのように向き合い、決着をつけようとするのか。それが、現在私たちが抱えてしまった数多くの理不尽なことへのひとつの答えになるはずだ。


奈津子の語るあんな生活とは…

幽霊のような家族たち

奈津子は海によって何を思い起こすのか