電子書籍には遅すぎる…あのハードボイルドの名作が、やっと電子化!

小説・エッセイ

公開日:2012/10/8

長いお別れ

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 早川書房
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:レーモンド・チャンドラー 価格:822円

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レイモンド・チャンドラーの名前を知らなくても、作品をまったく読んだことがなくても、このセリフは聞いたことがあるだろう。「ギムレットには早すぎる」「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」──ハードボイルド史上に残るこれらの名台詞を生んだのが、本書『長いお別れ』であり、私立探偵フィリップ・マーロウである。

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私立探偵のマーロウはひょんなことからテリー・レノックスという青年と知り合い、酒を酌み交わすようになる。しかしある日、レノックスの妻が殺されるという事件が起きた。容疑者にされたレノックスはマーロウの手を借りて逃亡したものの、メキシコで自殺したという知らせが入る。しかしマーロウは、レノックスの潔白を信じていた。そんなとき、アル中の行方不明の作家を捜し出すという別の仕事を請け負ううちに、レノックスの一件の意外な真相に近づいていく──。

本国での出版は1953年、日本では清水俊二訳で1958年に出版された。その後、2007年に村上春樹により新訳『ロング・グッドバイ』が刊行され話題になったが、この電子書籍は清水俊二版だ。硬質な文体、内面描写の排除、既成の道徳に背を向け、社会や他人ではなく己の美学のみを行動の基準にする「ハードボイルド」というジャンルを日本に紹介した立役者のひとりと言っていい。それが満を持して電子書籍界にお目見えとなれば、若い頃にマーロウに憧れたお父さんたちの郷愁を誘うこと間違い無しだが、同時に若い世代にあらためてハードボイルド(しかも初期の、これぞハードボイルドという時代のもの)を紹介できるということが嬉しい。

ストーリーはもちろんだが、最大の魅力は主人公のフィリップ・マーロウの造形にある。四十代の一匹狼。クールで、タフで、知的。権力者にもおもねず、美女の誘惑もさらりとかわす(かわさないこともある)。ロマンティックなところとシニカルなところが同居し、純粋さと諦観が同居する。何より、自分の価値観に反することをしないという潔さがたまらなくかっこいい。今回、そのかっこよさが最も発揮されるのが、テリー・レノックスとの友情だ。

死んだ男のぬれぎぬを晴らしても、マーロウには何の得もない。それなのにマーロウは、そのために警察もギャングも有力者も敵に回し、命を賭ける。誰が褒めてくれるわけでもないのに。それは彼の美学というよりセンチメンタリズムと言った方がいいかもしれない。けれどセンチメンタリズムに命を賭けられる男がどれだけいるだろう?

今読むと、時代遅れと感じる読者もいるだろう。けれど二十代のときにはわからなかった良さが、四十代で再読するといきなり滲みてくる、ということがある。本書はそんな小説だ。以前読んだけどあまり……という読者は、ぜひこの機会にあらためて手にとってみて戴きたい。ギムレットには早すぎるかもしれないが、チャンドラーを読むのに遅すぎるということはない。


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