今月の特集 2012年10月号 『怪談実話 盛り塩のある家』福澤徹三インタビュー

更新日:2012/11/1

『怪談実話 盛り塩のある家』福澤徹三インタビュー

福澤徹三さんの最新刊『盛り塩のある家』は残暑もふっとぶ戦慄の怪談実話集。
抑制された筆致で描かれる日常の亀裂は、読者の背筋を凍らせずにはおかない。
デビューから12年、怪談実話というジャンルに真摯に向き合ってきた作家・福澤徹三さんにインタビューした。
取材・文=朝宮運河 写真=江崎 均 撮影協力=KIIHUT

怪談実話 盛り塩のある家

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福澤徹三 / メディアファクトリー / 1365円

ネットで予約した格安ホテルの部屋を駆けまわる足音。真夜中のタクシーが迷いこんだあるはずのない道。海外の学生寮に現れる青いスエットの男──。日常と異界の接する瞬間を、端正なスタイルで描ききった新作怪談実話集。『幽』11号から17号にかけて連載された作品を単行本化。

ふくざわ・てつぞう●1962年、福岡県生まれ。2000年『幻日』でデビュー。08年『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。実話作品に『怪を訊く日々』『いわくつき 日本怪奇物件』『怪談実話 黒い百物語』など、小説作品に『怪談熱』『Iターン』『東京難民』『シャッター通りの死にぞこない』などがある。

土地や先住者の過去が日常を侵食してくる怖さ

 福澤徹三さんの新刊『盛り塩のある家』はファン待望の怪談実話集。『怪談実話 黒い百物語』に続いて怪談専門誌『幽』の人気連載「続・怪を訊く日々」をまとめたものだ。今回も独自のネットワークを武器に、幅広い対象から怪談を集めている。
「取材先はあいかわらず酒の席が多いです。店の経営者や従業員からお客に話を振ってもらうと、面識のない方からも話が聞けますから。そうやって知りあった方から、べつのひとを紹介してもらったりもしますので、行動範囲が狭いわりに効率よく取材ができます」
 格安ホテルでの怪異を描いた「忘れもの」、真夜中のタクシーがあるはずのない道に迷いこむ「迷い道」など、普通の人びとが体験したリアルな怪談実話51話を収録する。端正なスタイルで異界の消息をありありと伝える作風は、まさに怪談実話の王道ともいうべきものだ。
「できるだけ平明な文章にすることと、怪異とは直接関係がなくても、それを取り巻く背景は詳細に書くようにしています。細部を描くことでリアリティが増すと思いますので」
 表題作「盛り塩のある家」は古い木造家屋にまつわる怪異譚。語り手のYさんは、同級生の家のいたるところに盛り塩がされているのに気づく。それから20年以上経ち、Yさんは思いも寄らない形でその家と再会することに……。
「家がらみの怪談の怖さは、その土地や先住者の過去が日常を浸食してくる怖さだと思います。これといった怪異が起きなくても、そこに住んでいるひとの運気が傾くとか、そういう話はやはり怖いですね」
 老人の霊がさまようテナントビル、霊感のあるキャバクラ嬢など、華やかな夜の世界にひそむ怪談を収録しているのも福澤作品ならではの持ち味。いくつかの店には、実際に足を運んだことがあるという。
「現地へいった印象では、やはり陰気な場所が多いですが、怪異など起きそうもない明るくにぎやかなところもあります。デパートや飲食店で、それなりに繁盛しているのに奇妙な現象が続くという話は過去にもいくつか書きました」
 生まれ育ったホームグラウンド・福岡で取材されたエピソードの数々は、北九州方言を巧みに用いることで、さらに生々しさを増している。最近〈ふるさと怪談〉がクローズアップされているが、福澤さんの目から見て、九州人と怪談のかかわりはどのようなものなのだろう。
「おなじ県内でも都市部と田舎ではかなり差がありますが、全体に超自然的な現象を信じる傾向が強いように思います。すくなくとも私の周囲には、頭ごなしに否定するひとはいないですね」
『Iターン』『東京難民』『シャッター通りの死にぞこない』など小説でも意欲作を次々と発表している福澤さん。小説も書きつつ、実話も発表しつづける福澤さんにとって、怪談実話とはどんなジャンルなのだろうか。
「いまだに熱烈な読者です。自分で書くよりも読むほうが楽しいですし(笑)。創作ではありえない非論理的な展開が実話の魅力ですね。創作の場合は、どうしても起承転結や整合性にこだわってしまうものですが、実話にはそれがない。どれだけ突拍子もない筋立てだろうと実話だからで押し切ってしまう。自分で考えるよりも、はるかに怖い話が聞けるから取材しているともいえます」
 そうした「突拍子もない」ものへのまなざしは「なめくじ」「三角定規」「ベランダの箱」などのような、何とも説明のつかない奇譚によく表れている。今回の新刊で特に印象的なエピソードは?
「『佐藤さんの家』『A神社』『年間三件』でしょうか。『佐藤さんの家』は海から現れるものがほんとうに怖い。『A神社』はラストの鮮烈さ、『年間三件』は意表をついた展開のおもしろさに惹かれます。どれも頭で考えたのでは作れない話だと思います」
 福澤さんが実話テイスト濃厚な小説集『幻日』でデビューしたのは2000年のこと。02年には早くも怪談実話集『怪を訊く日々』を発表している。デビュー以来、怪談実話になみなみならぬ意欲を見せてきた福澤さんだが、10年の取材経験を通して、執筆作法・怪異へのアプローチに変化はあったのだろうか。
「冒頭がほとんどおなじなのを見てもわかるとおり、文章的には怪談のフォーマットを固定したことでしょうか。小説とちがって最初の一行に凝っても怖さが増すわけではないので、まずは体験者の情報を簡潔に伝えることに重点を置いています。超自然的なものに対するスタンスはデビュー当時と変わらず、ニュートラルなままです。ただ、あまりに迫真性に富んだ話を聞くと、やはりそういうものはあるのではないかという方向へ気持が傾きます」
 それは読者にしても同じことだ。日常にぽっかり開いた亀裂をまざまざと見せてくれる福澤怪談は、超常現象を信じない読者にも「ひょっとしたら……」という気分を起こさせる。胸のあたりがざわざわし、一人でいるのが不安になる。そんな現実感の揺らぎこそが、怪談実話を読む醍醐味だろう。デビュー12年にしてますます〝深み〟と〝凄み〟を増した福澤怪談の世界。是非じっくりと味わっていただきたい。
「できれば深夜に明かりを暗くして、ひとりで読んでいただきたいですね。夜更けにひとりで読むのと、昼間に他者がいる環境で読むのとでは、おなじ話でも印象がまったくちがいますから。その結果、なにかしら怪異が起きた場合は、編集部までご一報を(笑)」

怪談実話 黒い百物語

福澤徹三 / MF文庫ダ・ヴィンチ / 680円

N県G列島に浮かぶ無人島。かつては隠れ切支丹が住んだことでも知られるその島は、誰でも奇妙な体験ができるという。その島に釣りに出かけたTさんが見たものは──(「無人島」)。『幽』創刊号から10号まで連載された『続・怪を訊く日々』に、書き下ろしを加えた百物語怪談集。