今月の特集 2012年9月号 『うたう百物語』刊行記念対談 道尾秀介×佐藤弓生

更新日:2012/11/1

『うたう百物語 Strange Short Songs』刊行記念対談
道尾秀介×佐藤弓生

怪談専門誌『幽』の中でも、一際異彩を放つ「短歌百物語」が一冊の本にまとまった。歌人の佐藤弓生が、自ら選んだ短歌にインスパイアされた怪奇掌篇を書くという珍しい作品の刊行にあたり、以前から本作のファンであることを公言していた道尾秀介を迎え、お二人に作品の読みどころを語っていただいた。
構成・文=門賀美央子 写真=冨永智子

うたう百物語 Strange Short Songs

advertisement

佐藤弓生 / メディアファクトリー / 1680円

閨秀歌人・佐藤弓生が、近現代に詠まれた幻想的な名歌100首からイメージして生み出した怪奇掌篇で構成する新しいタイプの百物語集。『幽』での連載時、すでに北村薫や道尾秀介など文学に造詣深い作家たちからも賞賛されていた、不思議で怖い小さなおはなしたち。

『幽』のなかでも一番怖い作品です。(道尾)
言葉でしかできないことをしたかった。(佐藤)

  • みちお・しゅうすけ●1975年、兵庫県生まれ。2004年、『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。10年に『龍神の雨』で第12回大藪春彦賞と『光媒の花』で第23回山本周五郎賞、11年に『月と蟹』で第144回直木賞など受賞歴多数。
  • さとう・ゆみお●1964年、金沢生まれ。歌人。歌誌「かばん」所属。2001年「眼鏡屋は夕ぐれのため」で第47回角川短歌賞を受賞。歌集に『世界が海におおわれるまで』『眼鏡屋は夕ぐれのため』『薄い街』、詩集に『新集 月的現象』『アクリリックサマー』など。
佐藤 道尾さんは、雑誌での連載時からこの作品にご注目くださっていたそうですね。

道尾 はい。綾辻行人さんの小説目当てで『幽』を購入したのですが、読み進めていくうちに「短歌百物語」を見つけまして。そのとき読んだのは、書籍では10首目に収められている「デデスデスデデデスデデス真っ青な車掌がまえの車輛から来る」だったと思います。

佐藤 加藤治郎さんの歌ですね。

道尾 一読して、もうびっくりで。なんの予備知識もなく読み始めたというのもあるし、加藤治郎さんのお名前も知らなかったのもあって、初めはこれがどういう作品なのかわかりませんでした。

佐藤 既存の歌人の短歌に私が掌篇をつけるというスタイルですが、誌面上で特に説明はありませんから。

道尾 ええ。他のページに載っていたものも見つけて、ようやくそういうスタイルで書かれたものだとわかってからはとても気に入ってしまいまして。仙波龍英さんの「ひら仮名はじきかなはははははははははははは母死んだ」も強烈だったなあ。

佐藤 マッドな感じのする作品ですよね。短歌の世界では有名な歌です。

道尾 そうなんですか。本当に、毎号楽しく読んでいました。佐藤さんの書かれた物語を読んでから短歌を読むと、その歌が一層味わい深く感じられるんです。

佐藤 ありがとうございます。

道尾 今回の作品のように、短歌に散文をくっつけるというスタイルのものは他にもあるのですか?

佐藤 過去にも塚本邦雄さんの作品などがあります。塚本さんはご自身の短歌に付けられたのですが。

道尾 この本で取り上げたのは、他の歌人の歌ばかりですよね。

佐藤 自作を含め、一人一首で百首です。いろんな歌人を紹介する、アンソロジーとしての側面も持たせたかったので。

道尾 たとえばミステリーを書く場合、長い物語を書いて、一行、二行で世界をひっくり返すということをやりますが、これはその真反対。先に二行の短歌があって、その意味を物語に発展させるというのがとても面白いと思いました。意図的に、歌人の思惑とは違う物語をくっつけている場合もあるじゃないですか。

佐藤 そうですね。

道尾 一方で、一体感が強いものもある。バラエティ豊かです。

佐藤 その辺りは、結構考えてバランスを取りました。いろんなタイプの歌と物語で構成したかったんです。また、短歌というのは、和歌の時代から詞書を前文に置いて、その文章で気分が盛り上がったところでさあ一首、という伝統があるので、それも意識しました。

道尾 なるほど。それにしても、この作品集は、ひとつの能動態のようですよね。読み手の状況や読むタイミングによって物語の形が変わるところに、独特の価値があると思います。
 それと、あとがきに、短歌は「見聞きしたこと思ったことを記録し記憶するのに便利なサイズとリズム」と書かれていたことにものすごく共感を覚えました。もう少し広げて「言葉」と言ってしまってもいいと思うのですが、言葉ほどどこでも取り出して楽しめるものはないですよね。

佐藤 ダブル・ミーニングを使ったり、いろいろな遊びもできますし。

道尾 単純な怖さだけを求めるのであれば画像や映像が一番手っ取り早い。でも、目の前に包丁を持った男がいるよりも、カーテンや壁の向こう側にいるかもしれない、という状況のほうがよほど怖さを感じませんか? この作品は、その「かもしれない」の世界がいっぱい詰まっているんですよね。

佐藤 やはり、言葉で書く以上は、言葉でしかできないことをやりたいですから。

道尾 僕も常々そういう小説を書きたいと思っているんです。目に見えないものを文章でスケッチできて、はじめて人に伝わるのではないか、と。

佐藤 一本の木を描くにしても、その木を見た時の印象とか、空気をどう描くか、それが文芸の課題なのだと思います。

道尾 佐藤さんが選ばれた短歌、そしてそれに付けられた物語からは、息遣いのようなものが感じられました。

佐藤 ある種の癖や体臭のようなものが出てしまうのかもしれません。

道尾 正直、僕は『幽』に掲載されているものの中で、この連作が一番怖かった(笑)。わかりやすさとは対極の位置にある作品ですが、文芸の奥行きの奥の奥にあるものを見せてくれる好著だと僕は思います。

佐藤 道尾さんに怖いと言っていただけてほっとしました。自分ではわからないものですから。少しは怪談集らしくなっていたらうれしいですね。

道尾秀介 / 光文社 / 1680円

蛍やヒカリゴケ、花火——微かな光が映し出すのは、誰もが心のなかに持つ子供時代の欠片。小学4年生の利一と友人たちが、都会から少し離れた山間の町で経験した楽しさと切なさ、そして感動に彩られた一年の回想をノスタルジックに描く珠玉の連作短編集。