『Mei(冥)』の特集「闇を歩く」をつまみ読み!

更新日:2012/10/29

 


写真提供=中野純

記念すべき『Mei(冥)』創刊号の特集は、その名が示すとおり、冥闇を楽しむという企画だ。
都会には暗がりはあっても闇はない。そこで『闇を歩く』『闇と暮らす。』など、
闇の魅力を探求し続ける作家・中野純さんに案内人をお願いし、箱根山をナイトハイクした。
同行者は、『鍛える聖地』で中野氏とともに奥多摩をナイトハイクした加門七海さん。
月の出ない星の輝く夜。果たしてそこにあった世界はどのような姿を見せてくれたのか。
暗闇と戯れたいすべての女性たちにお届けします。

 

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    アクセス
    深夜23時、箱根登山鉄道強羅駅に集合した一行は、市街地を突き進み登山口へ向かう。明星ヶ岳の山頂からは尾根道を歩き明神ヶ岳へ。途中途中で休憩を挟み、明神ヶ岳の山頂付近でご来光を拝む。その後、大雄山最乗寺へ下山した。

  • 写真提供=中野純
    ★歩いた人★
    中野 純 加門七海

闇夜の光を堪能せよ 加門七海

 夜は好きですか?
 闇は好きですか?
 闇が怖い、夜が怖いという感覚は、本能的なものかも知れないが、夜は暗いのが当たり前で、洞窟の中などは一年中闇が溜まっているのが普通だ。
 その当然が怖いというのは、逆にどこか本能的な感性がぶっ壊れてしまっている懸念がある。
 改めて記すまでもないけれど、東京の夜がこんなに明るくなったのは、戦後になってからのことだ。
 戦中の灯火管制にうんざりした人達が、負の記憶に繫がる闇を徹底的に排除したのだ。
 私は幸いにして戦争を経験していないけど、気持ちはなんとなくわかる。だが、それから半世紀以上経った現在も、元に戻らないばかりか、ますます闇を排除しているのはどういうわけか。
「夜はあたたかい。夜は美しい」
 ヒデとロザンナは『真夜中の子守唄』でこう歌ったが、私はこの歌を聴くたびに、うんうん、と、深く頷いてしまう。
 昼と夜という、ふたつの世界の片側を自ら手放してしまうだなんて、地球に生まれた甲斐がない。

明星ヶ岳(大文字山)の大の字から、強羅など、カルデラ内の温泉街を見下ろす。その背後に駒ヶ岳、神山、台ヶ岳などの中央火口丘のシルエットが、黒々と聳えている。(写真提供=中野純)

 夜の支配する静寂も、堪能してこその地球人だろう。
 だから、闇に耳をそばだててみよう。
 夜と闇の世界は、昼の世界よりずっと静かだ。だから、その分、小さな物音が耳につく。微かな気配が気になってくる。
 それに脅かされるのだと言う人もいるに違いない。
 でもね、それらのほとんどは、昼日中でもあるものだ。
 幽霊だって、夜だから出てくるというわけではない。要は気がつかないだけだ。
 明るいところや賑やかな場所は、ものの気配を大雑把に捉えるだけで安心できる。だが、世界は実はひどく緻密で、大雑把な部分はどこにもない。
 夜の闇にじっくり佇むと、少しだけ、そんなことがわかってくる。――

(※続きは『Mei(冥)』の特集「闇を歩く」でお楽しみください)

深夜の箱根に閻魔の声を聴き、幻の湖を見る 中野 純

 なんという、なんというダイナミックな夜景色! 光と闇の果てしないやりとりが、天に昇り、谷に下り、地を突き抜ける。これが、品のいいホテルや美術館やなんやがヒメシャラの木立の中に佇み、ゴルフ場や別荘地が広がる、あの国際高級リゾート地の箱根なのか? そうだ、これがほんとうの箱根だ。箱根の正体なのだ。
 深夜の強羅の街を抜け、ハコネダケや木々が繁る闇の明星ヶ岳登山道をひとしきり登ったら、突然視界が大きく開けた。毎年八月十六日に箱根大文字焼きが行われる、大の字の一角に抜け出たのだ。

午前2時、温泉街の明かりをじんわりと浴びながら屹立する、明星ヶ岳のカルデラ壁。山頂への道が真ん中にあるが、暗くて見えない。(写真提供=中野純)

 涼風とともに、天の川と降るような星々が、ぅわーっと目に飛び込んでくる。右手にはカルデラ壁が襲いかかるように激しく立ち上がり、遠く強羅温泉などの街明かりをじっくり浴びている。左手ははるか下の早川まで落ち込む千仞の谷、その向こう、山肌に群がる温泉地の灯火の上には、漆黒の溶岩ドームたちが山坊主の寄り合いのようにずんずんずんと肩を並べている。
 そして、カルデラ壁の長い連なりの向こうに、編隊を組んだUFOのような謎の光が、チラチラと宙に浮いている。いったいなんだろうと一瞬戸惑ったが、すぐに気づいた。
 富士山だ。富士山の登山者が灯すヘッドライトや山小屋の火影が、山肌に四筋の光の連なりをつくり、闇の富士山が光の点々に縁取られて浮かび上がっているのだ。
 夜空をひとつ、またひとつと流れ星が渡っていく。行く手には、闇の登山道がカルデラ壁の間に吸い込まれて続き、足もとには草蛍が緑色の光をじっくりと明滅させている。そのそばの藪で、なにか小さめのケモノが、しきりにがさごそと音を立てている。――

(※続きは『Mei(冥)』の特集「闇を歩く」でお楽しみください)