脚本家・平松正樹自らが追憶する『空の境界』の記憶(1)

アニメ

更新日:2013/8/22


○プロローグ、的な
 はじめまして。脚本家の平松です。自分が参加させていただいた劇場版『空の境界』が再構成され、今、テレビやニコニコ動画でオンエアされています。

 この原稿を書いている時点で、第四章『伽藍の洞』、第三章『痛覚残留』、第一章『俯瞰風景』、第二章『殺人考察(前)』までが放映済み。
 いよいよ、佳境へと向かう『空の境界』の物語。これまでを振り返りつつ、終盤をより楽しんでいただくために、当時の思い出などを交え、紹介できればと思います。

 奈須きのこさん原作の『空の境界』は、『直死の魔眼』を有し、殺人衝動をその根源に抱く異能者・両儀式(りょうぎしき)が、魔術師や異能者たちとの壮絶な戦いの中、式に想いを寄せる黒桐幹也(こくとうみきや)との心の絆を深めていく、伝奇と純愛の物語です。詳しくは原作小説や公式サイトをご覧くださいね。

 さて、今回は当時公開された第一期(一章~三章)を振り返ってみたいと思います。

○第一章『俯瞰風景』のこと


 あおきえい監督による一章が、劇場版『空の境界』の空気感を決定づけたということは、今でも当時一緒に仕事をしていたアニメーターの友人との話に上ります。原作を読んで感じる、現実社会でありながらそのすぐ隣に潜む魔的な闇の存在、生きていたいのに死を意識せざるを得ない主人公・式の苛立ち、そんな張り詰めた無色な『空気』が、一章の一番の見所だと思います。
 苦労したのは『原作を忠実に再現する』という部分です。これは全章に同じことが言えるのですが、原作は一人称の小説なので、そのままセリフにしてしまうと、モノローグだらけになってしまいます。それを、どうセリフではなく映像で見せるのか、ということを意識して脚本作業をしました。

 七部作の一本目ということで、一章にはキャッチーさも求められました。原作を再現しつつ、エンターテイメント性を持たせるために、原作にはない巫条霧絵(ふじょうきりえ)との接触~戦い(式が腕を切り落とす)といった場面や、式が幹也不在の心の不安定さを払拭するために、「嫌いだ」と言ったハーゲンダッツのストロベリーを食べる場面などをあおき監督や奈須さんらと話し合いながら、脚本にまとめました。その改変が原作ファンにどう受け入れられるのか、かなり緊張しながら試写会の会場の片隅であおき監督と一緒に見たのですが、上映終了後に拍手が起き、二人で安心しながら握手したのでした。

 当時は、ファミレスやら事務所やらで、あおき監督と何時間も話し合ったりして、大変だったんですけど、すごく楽しかったな、といま振り返って思います。
 あと、個人的に気に入ってるシナリオとしては、初めて式が巫条ビル群に行ったとき、子犬が血の足跡を残して歩いていく、という場面と、式が蒼崎橙子に義手を作ってもらい、橙子の吐いたタバコの煙をナイフで切り、「いい腕だ」というセリフです。ダブルミーニングを込めて、書いたのでした。
 そうそう、ED後の人だかりのシーンでは、群集のガヤにスタッフも参加しているので、もしかしたら自分たちの声が聞こえるかもしれません(笑)。

○第二章『殺人考察(前)』のこと


 制作順としては先に動いていた二章には、自分は途中参加でした。原作をベースにすでに存在した脚本に、コンテ段階での足し引きを脚本にして修正していく、という形の作業を、毎日スタジオで野中卓也監督と打ち合わせをしながらやっていました。  二章は、時間軸的には一章よりもずっと前の話で、物語としては一章の時期ほどは殺伐とはしておらず、でも、何か不穏なものが動き始めている、という空気感でした。
 幹也と式が出会って関係が近づいていくのと並行して、街では殺人事件が発生するようになるのですが、式が犯人ではないのか、という幹也の不安と日常の空気との微妙なバランス感が、二章の面白いところだと思います。

 また、全章を通して唯一、式や幹也の学校生活が見られるのが二章で、クラスメイトとどんな話をしているんだろうとか、昼ごはんに何を食べているんだろうとか、そういう細かい部分を野中監督と相談しながら決めていくことで、キャラクターが立体的になって、リアリティが出た感じがしました。  ラストの式と幹也の追いかけっこの場面はもちろん、最大の見せ場ですが、脚本としては「校長先生の入学式のあいさつ」「クラスメイトのお土産話」といった、本筋とは別の部分で「この世界のリアリティーライン」を出して行けたのが、面白かったです。

○第三章『痛覚残留』のこと


 原作でも人気の三章は、『直死』の式と、その眼に『歪曲』の能力を持つ浅上藤乃(あさがみふじの)の『魔眼』対決を軸にしたバトル回で、とてもアニメ向きなエピソードだと、初読時に思いました。
 最初の打ち合わせの時点で、小船井充監督が全体の流れをストーリーボード的なラフコンテを用意してきてくださって、脚本作業もかなりビジュアルイメージがある状態で書いたと記憶しています。 ラストの式対藤乃の戦いに気持ちのピークを持っていくために、どうサスペンス感を出すのかシーン構成を試行錯誤したり、橙子が要所要所で語る解説を短くまとめたり、シナリオとしては、そのくらいしかやることがないほど、原作も監督のイメージもまとまっていました。  小船井監督は、シナリオに対しての要望や指示が明確で、スパッと言葉にしてくださるので、書いたり修正したりしやすかったです。
 また、この章では『無痛症』が鍵を握ってくるのですが、こういう病気やケガなどを扱う場合は、尺に収まる必要最小限のセリフで、どこまで症状などを正確に伝えられるのか、表現やまとめ方に気を遣います。

 三章の見どころは、もう迷うことなく、最後の異能者同士の戦いで、藤乃の「曲がれ」攻撃を「おまえ、乱発し過ぎなんだよ」と見切った式がナイフで切り落としていくあの間合いと爽快感。そして、その最後に来る藤乃の叫び。曲がれ──────!!
 この場面は、原作、映像、藤乃役の能登麻美子さんの熱演と相まって、何度見ても「おおっ」と感嘆の呻きがこぼれます(笑)。
 アフレコ収録のときには、映像はまだ完成していなかったのですが、スタジオが曲がっちゃいそうなくらい、能登さんの叫びがよかったです。
 そうそう、浅上藤乃の身辺調書などもシナリオサイドで作成し、それが実際にコミケなどで販売されたのも懐かしい想い出です。

○つづき、ます?
 本当に久々に『空の境界』の頃のことを思い出してみましたが、いかがでしたか?
 すでにオンエアされた章も、この記事で気になったことがあれば、今度はDVDなどで、劇場公開版を見てもらえたらと思います。次回は、第二期の四章『伽藍の洞』と第五章『矛盾螺旋』のことを思い出してみたいと思います。

 それでは、また次回。

文=平松正樹

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劇場版 空の境界
http://www.karanokyoukai.com/

平松正樹
フリーの脚本家、ゲームシナリオライター。愛知県豊川市出身。代表作は『街 〜運命の交差点〜』や『劇場版 空の境界』など。