脚本家・平松正樹自らが追憶する『空の境界』の記憶(2)

アニメ

公開日:2013/8/24


○つづき、ましたね
 どうもです。脚本家の平松です。無事に第2回を迎えることができました。

今回は、上映の第二期(第四~五章)について、思い出してみたいと思います。

○第四章『伽藍の洞』のこと


 時系列的には、第二章の続きとなる第四章は、交通事故の後、病室で眠り続けていた式が目覚めたところから始まります。
 原作を読んだときには、黒桐幹也の抱く両儀式への愛の深さが印象に残りました。眠っている間ずっと見守っていたのに、いざ式が目覚めると蒼崎橙子によって『お預け』を食らってしまう幹也の、もどかしい気持ちを思うと、切なくて……。
 シナリオとしては、基本的には『原作再現』の原則で作業をしていたのですが、いかんせん、この章は動きがあまりなく、基本的には病室の式と橙子さん、伽藍ノ洞(事務所)での橙子さんと幹也、の会話で話が進むため、時間の経過や『間』といったものの表現が難しく、何度もプロデューサーからリテイクを指示されました。
 結果的には、滝口禎一監督のコンテ&演出によって、式と橙子が互いの距離を縮めていく前半などは、とても叙情的な映像に仕上がっていたと思います。
 雨の中、傘をさして歩く子供の姿や、水たまり、といった何気ない、病室の外の生命活動のようなカットが、自分のもうひとつの人格であった『織』を失った式の喪失感・生への絶望感との対比になっていました。
 それに加えて、この章の背景は海老沢一男さんの手描きによるもので、張り詰めた中にも、どこか柔らかさや温かさ──人間味のある雰囲気を醸し出していたと思います。
 会話の内容やバトルシーンももちろんイイのですが、全体を通して感じる『大人の目線』が漂う演出、これが第四章の見どころのひとつに違いありません。
 監督補佐の木村豪さんと当時よく話をさせていただいていたんですが、滝口監督のことをとてもリスペクトされていて、監督も木村さんの仕事を信頼していて、そういった二人の関係も、完成したフィルムににじみ出ていると思います。
 監督と監督補佐におんぶに抱っこだった第四章ですが、幹也が式を思って、第二章で出てきた『シンギング・イン・ザ・レイン』を歌う場面を脚本化の際に盛り込んだり(アカペラで式対ゾンビのBGMしてはどうか、とか)、式がナイフで伸びた髪の毛を過去と共にバッサリ切る場面とか、その辺りは、かなり早い段階の稿から書いていたと記憶しています。
 それと、これは自分がアニメスタジオに詰めて仕事をしていたときに教えてもらったことなのですが、『画面に向かってキャラクターが歩いてくる』というカットは、上手く動かすのがとても難しいそうです。『空の境界』では、そういうカットはけっこうあって、第一章の中盤の巫条霧絵戦の式とか、第四章の後半で橙子が病院内をカツカツ歩くところとか、注目してもらえたらと思います。
 第四章の橙子の歩きは、劇場版『銀河鉄道999』のキャプテン・ハーロックの歩きのような間合いがあって大好きです(笑)。ちなみに、美術監督の海老沢さんは劇場版『わが青春のアルカディア』の美術補佐もされてました。
 とかく、地味な話だと言われがちな第四章ですが、個人的には、原作の中で最も好きなエピソードです。
 この章には、生きることの苦しさと喜び、原作者の奈須さんのメッセージが、式や橙子たちのセリフを通して強く発せられます。
 名台詞と共に、第四章を味わってください。


○第五章『矛盾螺旋』のこと


今回のテレビ版では、この章はオンエアされないとのことなのですが、前回『第二期』と書いてしまったので、こちらも思い出して書いてみたいと思います。
 原作の新書版で計算するならば、ほぼ一冊分ある第五章は、二時間映画にするのも大変なほど濃密で長いエピソードです。
 式を取り巻く世界で起きたすべての事件の黒幕、魔術師・荒耶宗蓮との決着に加えて、戦いの舞台となる『小川マンション』の住人・臙条巴の物語が同時進行し、ラストに向かって一点に集まって行くのですが、そこに橙子さんと荒耶とのしがらみがあったり、別の魔術師・コルネリウス・アルバが登場したりと、とにかく要素が多く、どうまとめればいいのか、悩みました。
 平尾隆之監督からは、時系列を入れ替え、原作を再構成することによって、「現実と非現実の差がわからないようにしたい」という主旨のオーダーを受けました。
 参考として『バタフライエフェクト』や『16ブロック』、黒澤清監督作品などを見たと記憶しています。
 シナリオとしては何稿か重ねた時点で作業を終え、監督による絵コンテ段階でさらに再構成やシーンのつなぎ方などが練られて行きました。
 見どころは、やはり式対荒耶、橙子対アルバ、橙子対荒耶、などバトルとなってしまうのですが、小川マンション地下の荒耶のアジトの描写などは、アニメーターさんの莫大な時間とエネルギーが割かれており、じっくり見てもらえたらいいな、と思います。
 また、『小川マンション』のギミックや構造については、ある夜、平尾監督や第一章のあおきえい監督らと「どうなってるんだ、このマンション?」的な話になり、朝までかかってそのギミックや原作での描写を検証したりしました。『小川マンションレポート』的な資料を何ページにも渡って作ったりしました。
 残念だったのは、橙子が美術館でアルバと会話する場面です。シナリオ段階では『エッシャーの騙し絵』をはじめ、二人の会話の意味と連動するような名画を背景にピックアップしていて、監督による絵コンテも素晴らしかったのですが、いかんせん、世界の名画の権利者がどこにいるのかとか、予算がどれくらいかかるのかとか、その許可を取るのにどれだけ時間がかかるのかとか、不確定な要素が多すぎて、最終的には『橙子の人形展』へとなりました。
 もっとシナリオサイドからも、権利問題をクリアできるようなアイデアを出せれば良かったと、思います。
 テレビ版で第六章『忘却録音』や第七章『殺人考察(下)』を見る前に、ぜひ『空の境界』の戦いにおけるクライマックスとしての第五章『矛盾螺旋』の劇場版を見て、原作も読んで、気持ちを高めていただければと思います。

○次回で最後、です?
 というわけで、全三回というお話をいただいているので、次回で最後になります。

 第六、七章については、まもなくオンエアですし、あまりネタバレしない程度に思い出しつつ、劇場版『空の境界』に参加していたときの全般的なことを書ければ、と思っています。

 それでは、また次回。

(文:平松正樹)

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劇場版 空の境界
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平松正樹
フリーの脚本家、ゲームシナリオライター。愛知県豊川市出身。代表作は『街 〜運命の交差点〜』や『劇場版 空の境界』など。