東村アキコが描く日本文化の魅力。25歳の現代っ子が着物にドハマりした理由は、ネットを介さずリアルに体験する面白さ!『銀太郎さんお頼み申す』
PR 更新日:2025/5/19

日本文化には海外の人の心を奪う魅力がある。だが私たちは日本人として生まれたからこそ、その奥深さや美しさに気づけないことが多い。「クールJapan」と褒められる日本文化の価値にいちばん無頓着なのは、もしかしたら日本で暮らす私たちなのかもしれない。
『銀太郎さんお頼み申す』(東村アキコ/集英社)は、そんな気づきを与え、日本文化の素晴らしさと面白さを再確認させてくれるコミックだ。
作者の東村アキコ氏といえば、時代を反映しつつ独自の視点で描いた作品が多いと思う。例えば幸薄人生を送る絶世の美女が非モテ道を突き進む『主に泣いてます』(講談社)ではユニークな切り口が読者の心を掴み、『東京タラレバ娘』(講談社)では独身アラサー女性の結婚に対する葛藤を描き、ドラマ化もされるなど大きな反響を呼んだ。そして今度は、高校生の時に絵画教室で出会った恩師との思い出を詰め込んだ、自身の実話をもとに描いた『かくかくしかじか』(集英社)の実写映画が2025年5月公開に。同作もきっと大きな話題になることだろう。
そんな東村氏が『銀太郎さんお頼み申す』で伝えるのは、着物を軸にした日本文化の奥深さと、スマホからでは得られない実体験の素晴らしさだ。主人公はカフェでアルバイトする25歳の岩下さとり。さとりはTikTokを見るのが趣味の現代っ子。だが着物姿でアルバイト先に来店した「銀太郎」という名の女性に心を奪われ、人生が変化していく。
銀太郎は元芸妓で今は全国各地を飛び回って器を買い付け売る器屋を営んでいるが、謎が多い人物だ。さとりは銀太郎を「師匠」と慕い、着物に関する知識を身に着けていくのだが、ふたりのやりとりが実にユニーク。知識ゼロのさとりは「たとう紙」を「タトゥー紙」と聞き間違えるなど、銀太郎が口にする着物用語を正確に聞き取ることも難しい状況。
しかし、さとりは無知であることをさらけ出し、興味を持った着物文化をとことん知ろうとする姿勢を貫く。人は「知らないことが多いのは恥」と感じてしまいやすいものだが、彼女は常に知る喜びの方が勝るのだ。
第6巻では、着物と縁が深いお香の世界にも興味を持ち始めたさとりの姿が描かれている。銀太郎の器屋で売り子をしていたさとりは客からお香を貰ったことを機に、お香の付け方や種類に関する知識も少しずつ身に付けていく。
また、芸者と一緒に料亭で花火を観ることになり浴衣の面白さも知る。いつも着付けをしてくれるヨシエ先生がさとりに勧めたのは「ひょうたん柄」の浴衣。さとりは動画サイトで予習し、「浴衣は半端帯」という知識を得た。
だが花火大会当日、動画で得た知識が通用しないほど浴衣を自由に着こなす芸者たちを見て、改めて和服の奥深さを痛感。ルールがある一方で、臨機応変に着方が変わりもする着物の世界をさらに深く学びたいと思うようになる。
着物って本当に…スマホじゃ追いつかない
調べても調べても その先にまた分からないことが出てきて
だから私 夢中になっちゃうんだ
日本ってすごい国だ
知りたい知識はスマホで調べるのが当たり前になった今だからこそ、さとりのこの言葉は心に響く。とりあえずの情報はネットでいくらでも手に入れられるが、私たちが本当に求めているのはAIではじき出せる無機質な情報なのだろうか?とあらためて疑問を持った。
第6巻では、さとりは縞柄の着物が醸し出す「粋」の意味を知ろうと、縞柄の着物を身に着け、浮世絵から縞の趣を感じ取ろうと神保町へ繰り出す。そんなネットで調べないさとりの姿勢を見て刺さるものがあった。物事の本質に近づき納得できる知識を得るには、自ら動いてこそ、かもしれない。
どれだけ調べても調べ尽くせないと思えるほど夢中になれるものを見つけたさとりは、キラキラとしていて眩しい。大人になると「もういい年だから……」という言い訳で自分の好奇心を制御してしまうが、「知りたい」を貫く勇気をいつまでも持ちたいと思った。
着る人の人生や想いに寄り添い、持ち主とともに生きる着物。そんな特別な服を自分で縫い、結婚祝いに送ってくれた知人が自分にはいたことを、読み終えて、ふと思い出した。「着方が分からないから…」と桐たんすにしまい込んだあの一着には、どれだけの愛が詰め込まれていたのだろうか。そう考えるきっかけをくれた、さとりと銀太郎の交流に感謝しつつ、この物語を見届けていきたい。
和の世界に魅了されたさとりが今後、着物とともにどんな人生を歩んでいくのか楽しみだ。
文=古川諭香
