室井滋、6匹の愛しい猫たちを見送って「ハエや蚊も、チビの生まれ変わりだと思っちゃうの」《インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2026/1/29

猫たちとの別れで実感した「死ぬ」ということ

室井滋さん

――本書には猫ちゃんたちとの「別れ」が丁寧に書かれているのが印象的です。生き物を飼っているとその時は必ず来るわけですが、日頃はどんなふうに意識していましたか?

室井:飼い始めたときはみんな若者だったので、たとえばどんどん顔が丸く柔らかい表情になってくると「安心してるんだなー」と嬉しかったものです。一緒に暮らすとその子たちが何を訴えて、何を感じているのかもだんだんわかってきて、相手が「猫」ではなく人間に近いものに思えるようになってくるんですよね。

 ロングは10歳過ぎるぐらいからインスリン投与を始めて5年後に亡くなって、そのあとは1匹ずつ年の順に。だんだん歳を取っていくにつれて、眠り方や食べ方も変わってくる。すごくゆっくりゆっくり変わるんですけど、それまでに看取った経験から「こういうふうになったということは、もうあとちょっとかな。なるべくうちにいさせたいな」って予感がするようになって。できる限り仕事以外のことはやめて、その期間は家にいるようにしていました。

advertisement

――看取りにも経験値が生きるんですね。

室井:ロングに毎日インスリンを打たなきゃいけないって獣医師さんから言われたとき、最初は「絶対できない。本当に大変なことになった」って思ったんですけど、本人が協力的というか治療の意味をこの子なりにわかってると感じてからは、私たちは一心同体みたいになりました。注射の時間が遅れると私も汗ばんで辛くなる気がしました。10kgだった体重は亡くなったときは2kgを切っていましたが、5年って猫にとっては20年ですから、それだけ生き抜いたんだと思うとすごいなって思います。

 ロングのケアをしたことで、皮下点滴とか皮下注射もお医者さんの許可をもらえば私が家でもできるようになりました。だからその後の猫たちの看取りは病院には行かず、お医者さんに自宅で診て処方してもらって自分で点滴を打っていました。最後に胃ろうになった子もいたんですが、胃ろうにする処置だけは病院でしてもらって、後は家で最期まで過ごしました。彼らにとっては家がやっぱり最高なので。手術のようなことも高齢の猫には必要ないと思いましたし。野良のままだったらもっと早く違う形で命は閉じたと思うんですけど、せっかくうちに来たんだからなるべく長くいてもらいたかった。「安心する環境」で、もっともっと長く、と。

あわせて読みたい

やっぱり猫 それでも猫 (単行本)