累計225万部突破『1122』スピンオフが発売! 妻には自分と離婚して一緒になりたい人がいる――結婚10年目子持ち夫婦の残酷なすれ違い【書評】

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PR 公開日:2026/2/20

1122 五代夫婦の場合
1122 五代夫婦の場合(©渡辺ペコ/講談社)

 筆者が20代の頃、当時のパートナーと衝突が絶えず、職場の先輩に相談したときにこんなことを言われた。「全ての原因は“合意なき期待”だね。人類のほとんどは、それによって不幸になってるんだから」と。きっと相手は◯◯してくれるだろう。私はこんなにやっているのだから、向こうもそうあるべきだ……。そんなふうに、事前に話し合って合意していないのに、一方的に相手に役割や理想を背負わせてしまう。そうしてそれが叶わなかったとき、「裏切られた」「わかってもらえない」という感情だけが噴き出してしまう。それが人々の不幸を生み出す“合意なき期待”なのだという。

 私はその言葉に感銘を受け、人生における教訓としてきた。他人との信頼関係を維持するには、どんなに小さなことでも言葉を尽くして合意を取ることが大切なのである。そう信じて生きてきたわけだが、『1122 五代夫婦の場合』(渡辺ペコ/講談社)を読んだとき、背筋が冷えた。長年連れ添った夫婦は、その正論すらあっさり超えていくのかもしれない、と。これさえ守れば大丈夫だと信じてきた教訓がきれいに崩れていくような、新鮮な絶望だった。

『1122 五代夫婦の場合』は、累計225万部を突破した渡辺ペコ先生の大人気作『1122』のスピンオフである。前作では「公認不倫」という歪な合意を掲げた一組の夫婦が、形ばかりの「夫婦」という関係から逃げ続けた末にたどり着く、破局と再生が描かれた。正直に言えば、『1122』の時点ですでに「合意」というものの頼りなさに絶望を覚えていたのだが、本作はその感覚を、より現実に近い形で改めて突きつけてくる。

 主役となるのは『1122』本編にも登場していた五代敦史、通称・五代くんだ。主人公・一子の大学時代の友人で、不倫が妻にバレて夫婦関係の修復に追われている人物として登場した。本作ではその五代くんと、彼の妻である紗綾にスポットライトが当てられる。

――夫・五代敦史、妻・五代紗綾。結婚10年目。物語は、妻から突然「離婚したい」と告げられた夫の視点から始まる。いったい妻はいつから、そんなことを考えていたのか。しかも彼女には不倫相手が、自分と離婚してまで一緒になりたい人がいるという……。彼にとってはまさに青天の霹靂だ。だが、その同じ一日を“妻側の視点”で読み直した瞬間、物語はまったく別の色を帯びる。それは突然の悲劇などではなく、むしろ必然だったのだとわかるのだ。

 なぜなら、紗綾は何度も何度も伝えてきたからだ。日々の家事、育児、義両親との関係。夫婦だからこそ直面するあらゆる場面で、助けてほしいこと、やめてほしいこと、苦しいと感じていること……。彼女は言葉を尽くして、サインを送り続けてきた。それでも、届かなかった。いや、正確には届いてはいるのに、理解されていない。咀嚼されていない。対話になっていないのだ。

 これは、「合意なき期待」以前の問題でもある。あまりにもそんな状態が続けば、人はやがて怒りや悲しみを通り越し、「期待」そのものを手放してしまう。夫に対する感情がスンッと消え失せる瞬間はもちろんのこと、そこへ至るまでに少しずつ心が削れていく過程もあまりに生々しく、胸の奥にひっかかる。

 ©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社
 ©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社

 これは五代くん固有の問題なのか。それとも、長年連れ添うということの必然的な劣化なのか。読み進めるたびに胸にざらりとした疑問が残るが、さらに本作を複雑かつ切実なものにしているのが、二人に子どもがいるという事実だ。もはやこれは夫婦二人だけの感情の問題では終わらない。親としての責任と、夫婦としての限界。そのねじれが「では、どうすればいいのか」という問いを、より重く、容赦なく突きつけてくる。

 そんな中で私がとりわけ心を掴まれたのが、紗綾が20代の自分と一人会議をする場面である。よくある“自分の中に潜む天使と悪魔の会議”といった様相ではなく、若き日の自分と向き合うという構造が、あまりにも残酷で切ない。

 ©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社
 ©渡辺ペコ/講談社
©渡辺ペコ/講談社

 今の紗綾は、夫への不満を訴えながら「本当にその人で良いのか?」と問う。しかし20代の紗綾は、その夫を「好きになった側」だ。「そういう人だとわかって選んだのは、あなたでしょう」と容赦なく突き返してくる。理解されるどころか叱咤される。年月の残酷さと、自分で選んできた人生の重みが、じわじわと胸に染み込んでくる。

 どんなに愛していようと、長年連れ添おうと、人は変わる。変わり続ける時間の中で、日々の生活が続く限り、私たちはそれでも問い直さなければならない。「私は、誰と、どう生きていきたいのか?」と。前作『1122』でも一貫して投げかけられてきたこの問いは、きっと本作でも変わらないのだと思う。

 ただし今回は、言葉を尽くしてもなお夫からすり抜けていく声、子どもがいるという現実を抱えた夫婦の形を通して描かれるからこそ、前作とはまた違う鋭利な刃で読む者の心の奥に切り込んでくる。

――結婚とは何か。夫婦とは何か。その答えを、五代夫妻と並んで考え続けていくことになるだろう。

文=ちゃんめい

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