理不尽なパワハラ上司は密室に君臨する絶対の神。注目の劇作家が、ブラック配送会社のホモソーシャルな空間を描く『カンザキさん』【ピンク地底人3号 インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/2/25

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。

 優れた戯曲を書く演劇人の中には、小説でもその才能を発揮する者が少なくない。柳美里、本谷有希子、山下澄人などが並ぶ「劇作家にして小説家」の系譜に、今回、ピンク地底人3号の名が新たに加わった。インパクト大の筆名は、大学在学中に結成した劇団名に由来する。京都を拠点に劇作家・演出家として活動を続け、22年には「華指1832」で岸田國士戯曲賞最終候補にノミネートされた注目の劇作家が、初小説「カンザキさん」で第47回野間文芸新人賞を受賞した。

「そもそものきっかけは、文芸誌の編集者からエッセイの依頼をいただいたことでした。エッセイって身辺雑記ですけど、せっかくならちょっとだけ嘘ついて書こうかなと半分フィクションのようなものを書いて送ったところ『もし小説を書きたくなったら言ってください』と感想をもらえまして。でも僕は締め切りがないと書けないので、じゃあ二ヶ月後までに送りますと約束して書き上げたのが『カンザキさん』です」

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 物語の舞台は、かつて自身もアルバイトをしていた配送業界だ。家電量販店の下請けの配送会社に就職した「僕」は、そこでパワハラの権化のような先輩社員に出会う。

「だいたいの小説家の一作目って私小説的なものになりますよね。僕も初めて書くのなら自分のことをと考えたときに、以前からずっと書きたかった配送会社のことが思い浮かびました。今はハラスメントがいけないこととして明確に定義されていますが、現実にはそんなルールが一切通じない人もいる。肉体労働を通してそういう人を描くことができたら面白い小説になるんじゃないかなと考えました」

 大学卒業後、引きこもりを経て何とか社会に復帰しようと奮起した主人公を唯一採用してくれたのは、過酷な労働環境のブラック配送会社だった。家電製品をひたすらに運ぶハードな肉体労働とクセの強い社員たちのコンボに見舞われた「僕」だったが、最初に指導してくれた先輩社員のミドリカワさんの優しさを励みに日々を乗り切る。密室のような配送トラック車内の閉塞感。大型冷蔵庫を抱えて階段を昇るときの重量感。細部から滲み出るリアリティは実体験に支えられたものだ。

「僕はどうしても劇作家になりたかったので、大学卒業後も就職せず、さまざまなアルバイトをしながら演劇を続けてきました。演劇にせよ小説にせよ、芸術は何かしら社会とつながるものだと思っているので、労働の現場を体感して、それを演劇に活かそうと考えたんです。配送業もそのひとつでしたし、納棺師の仕事も5年ほど続けました。あまり人が知らない現場を選んで、その経験を作品に反映させる。それが作品を作る上でアドバンテージになった部分もあります」

理不尽なパワハラ上司は密室に君臨する絶対の神

「ミドリカワさんに褒められたい」という一心で仕事に食らいついていた「僕」だったが、気づけば筋肉がついてたくましく豹変した自分の肉体に気づき、一層仕事に励むようになる。だが、配送パートナーがミドリカワさんから横暴なカンザキさんに交代したことで、新たな地獄の毎日が幕を開けてしまう。

「配送トラック車内の限定された空間では、カンザキさんのような先輩が神であり絶対のルールになる。閉じられた空間で起こる暴力というものを小説で表現してみたいという気持ちがまずありました。もうひとつ、それとは別に、僕は聖書のことが知りたくてプロテスタント教会に5年前から通っているのですが、そこで知ったキリスト教の在り方が、カンザキさんと重なった部分もあるんですね。その両者をオーバーラップさせてひとつの物語にしたのがこういう形になりました」

 物語の中核にあるのは、男だけで構成されたホモソーシャル空間だ。

「登場人物は意図的に全員男性にしています。ホモソーシャルという言葉は最近批判的な意味合いでしか使われていませんが、その中では恋愛に似た感情も確かにあると僕は思っていて。主人公がミドリカワさんに抱くような『認められたい』『好きになってほしい』という感情は、セクシャリティとか関係なしに絶対にある。恋愛に似た感情というより、ほとんど恋愛だと思います。そういう過剰な感じも今回は小説で書きたかった部分です。ちなみに、登場人物の中でもっとも個性がないのは主人公です。いわゆる普通で、倫理的。なぜなら、そこに読む人が自分を重ね合わせてほしかったから」

 カンザキさんの執拗な暴力が行き着く先はどこなのか。その対極にあるかのようなミドリカワさんの優しさは、本当の優しさなのだろうか。暴力と優しさ、恐怖と笑い、現実と幻。それぞれの境目をシームレスに行き来しながら、「僕」の物語は先が見えないラストへと向かう。

「読み終えたときに冒頭とラストがつながって円環になるような構造を意識しました。『シーシュポスの神話』ってあるじゃないですか。巨大な岩を山頂まで押して運ぶ罰を受けたのに、山頂に着いた瞬間に岩が転がり落ちて永遠に同じ苦行の繰り返しから逃れられない。イメージとしてはああいう神話的な恐ろしさを投影しました」

 初めての小説執筆だったからこそ、戯曲の台本とは異なる小説ならではの難しさもあった。

「地の文がやっぱり難しかったですね。戯曲なら基本的に会話で進行しますし、『Aが去る』と一行書けば済むところでも、小説はどう去るのか、周りに何があるのかも書かなければならないし、何を書き何を省くかも選択する必要があるので」

 一方で、小説ならではの自由さも実感できた。視覚には映らない心の微細な震えを言葉を尽くして物語ることができるし、登場回数のバランスを取る必要もない。

「戯曲だと出演してくれる俳優一人ひとりのドラマを考え、見せ場をつくらなければならないんですね。少なくとも僕は、一言しかセリフがない役はつくらない。劇作家として俳優をきちんと扱いたいので。でも小説なら何人登場させても誰にも怒られないし気を使わなくていい。その自由さが楽しかった」

戯曲と小説を行き来して終わらないサイクルをつくる

 実は、ピンク地底人3号の名は、韓国の舞台演劇の世界ではすでに知られている。2019年に劇作家協会新人戯曲賞を受賞した「鎖骨に天使が眠っている」が23年に韓国でも上演されて好評を博し、24年に再演、さらに今年中にも3度目の上演がすでに決定している。

「自分が提供した戯曲が韓国で上演される日が来るなんて想像もできませんでしたね。『鎖骨に天使が眠っている』は脚本も韓国の出版社から刊行されることになったのでトークショーのために先日訪韓したのですが、熱烈な感想をたくさんもらえて『書いてきてよかった』と思えました」

 今後は戯曲と小説という二つの領域を行き来しながら、独自の創作スタイルを確立していく。

「新しいものは、基本的に失敗しないと生まれない。僕の中には常に新しいものを書きたいという気持ちがあるので、自分が主宰する劇団で失敗しても小説に活かせばいいし、小説で活かしたことは次の舞台に還元すればいい。そうやって常に新しいものを生み出し続けるサイクルがつくれたら最強ですよね。演劇だけで食べていけるようになったのは、ようやくここ最近なので、小説で書いてみたいネタはまだいくらでもあります」

取材・文:阿部花恵 写真:鈴木慶子

ぴんくちていじんさんごう●1982年、京都府生まれ。劇作家、演出家、作家。同志社大学文学部文化学科美学芸術学専攻卒業。2019年「鎖骨に天使が眠っている」で第24回劇作家協会新人戯曲賞受賞。22年「華指1832」で第66回岸田國士戯曲賞最終候補。25年に初小説「カンザキさん」で第47回野間文芸新人賞を受賞。26年「明日を落としても」で第29回鶴屋南北戯曲賞を受賞。

カンザキさん
(ピンク地底人3号/集英社)1650円(税込)

引きこもりを経てブラック配送会社に入社した「僕」。その職場には丁寧に仕事を教えてくれる親切なミドリカワさんと、新人を容赦なく罵倒し酷使するカンザキさんという対照的な先輩たちがいた……。劇作家としてキャリアを築いてきた著者の小説デビュー作にして、第47回野間文芸新人賞受賞作。

ダ・ヴィンチ 2026年3月号

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カンザキさん

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