「隠しごとはなかった」乃木坂46を卒業した久保史緒里が「ちゃんと言ってなかったな」と思うこととは?『LOST LETTER』【インタビュー】
公開日:2026/2/24
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。

本の帯には、「始まりの文学」とある。乃木坂46のメンバーになるまでの15年と、アイドルになってからの9年間。家族をはじめ、メンバーに友人、恩師、憧れの存在など、多くの人たちとの交流の中で、彼女には常に「嫌われたくない」という葛藤があった。人との関わりの中で生まれた感情は、澄み切っているときもあれば、濁っているときもある。その感情のグラデーションを、余すところなく言葉に落とし込んだ久保史緒里初の著書『LOST LETTER』。その文章は、確かに“エッセイ”というよりは“文学”と呼んだほうがしっくりくる。“読者への手紙”という体裁で書かれている文章はすべてが赤裸々なのだ。
「ラジオパーソナリティのお仕事も長くやらせてもらっていたので、元々、自分のことを話す分には全く抵抗はありませんでした(笑)。アイドルをやっているといろんなことが起こります。その事柄に対しては常に自分なりの言葉を発してきたほうだと思いますし、特にファンの方に隠しごともなかった。でも、卒業を決めたときに、『あんなこともこんなこともあったけど、ちゃんと言ってなかったな』と思うことがいろいろ思い浮かんで。本という形で、自分の思いの丈を全部出し切ることができたら、本当の意味でアイドルから卒業できるんじゃないかと思ったんです」
『LOST LETTER』を、シンプルな「アイドルの回顧録」だと思って手に取ると、その期待はいい意味で裏切られるだろう。子供時代の人間関係、親元からの巣立ち、新しいコミュニティに入っていく難しさ、自意識との戦いなど、あらゆる局面をサバイブしていく描写がリアルで、共感とヒリヒリ感がないまぜになる。
「テーマによってはスラスラ〜って書けたことも多いのですが、何度かピタッと手が止まるときがあって。その理由が2種類に分かれたんです。一つは、言葉がしっくりこないとき。『もっと鮮明な、いい表現があるはず』って思うと手が止まる。もう一つが、自分をいいように見せようとしていることに気づいたときです。スラスラ〜って書けていても、『あ、これは、自分を美化しようとしてる!』と気づいたら、それまでの文章は、全部消去しました。卒業までの2カ月でアイドル活動と並行しながら書いたのですが、それは、まさに“自分自身と向き合う時間”で……。無知って怖いですよね。本来なら、脱稿から出版までがあり得ない短さのスケジュールだったみたいなんですが(苦笑)、私自身は不思議と『“書けない”はない』と思っていました」
アイドルの“余命”が迫る中で大切な記憶を手放せた
「ただ、“書けない”はなくても、“妥協”はあり得たと思うんです。『時間がないんだから、ここは変えたいけど、諦めよう』みたいな妥協は……。でも結果的に妥協も一切なくて、逆に本の中には、卒業直前の2ヶ月でしか書けない言葉が詰まっていたんじゃないかと。というのも私は、卒業した瞬間に自分がアイドルじゃなくなると思っていたんです。でも実際はそうじゃなくて、卒業に近づいていくうちに、少しずつ自分の中の“アイドル”が抜けていった。そのことを実感したのは、卒業コンサートのリハーサルのときでした。9年間、振り覚えの早さだけは唯一自信があった私が、初めて振り付けが入らないという経験をしたんです! たった10秒の新しい振り付け――それまでだったら5分もかからずに覚えられたのに、2日もかかってしまって。同期からも『珍しすぎる!』と言われました。卒業に向けて、自分の中からアイドルの久保史緒里が少しずつ抜けていく感じがあって、『急がないと!』と。アイドルの“余命”みたいなものが迫ってくる感覚を味わいました(笑)」
出来上がった本を手に取ってページをめくると、自分とは違うアイドルの感情を追っているような気分になったという。
「正直いうと、他人事のように『へー』と思いながら読みました(笑)。それは、私の書いた文章が実際に本になることで、本当の意味で“アイドル久保史緒里”にピリオドを打てたからだと思うんです。アイドルを卒業したら、絶対にインプットだけじゃ生きていけないじゃないですか。これから先、記憶にしても人間関係にしても、絶対に大切な何かを手放さなければならない局面がくる。そのことは覚悟しているのですが、私にとって最初の“人生の中でいちばん深く大事にしていたものを手放す”ことが“乃木坂46を卒業すること”でした。でも、手放すことは、自分の中では忘れることでも失うことでもなくて。本という形にできたことは、私にとっていちばんしっくりくるやり方だったなと」
久保史緒里という書き手は、比較的「しっくり」という表現を好む。彼女が文章を書くとき、手紙という形式にこだわっていたのも、紙の匂いやぬくもりが好きだったからだ。心に馴染み、指に心地よい。精神的にも肉体的にも、そんなスムーズな感触を覚えたとき、この上ない幸福を感じているようだ。
「見本を手に取ったとき、カバーも帯も、本文部分も、全てが好みすぎる紙でできていることに感激しました。元々、紙にはめちゃくちゃこだわりのある私ですが、時間がなかったので、紙や装丁についてはお任せしようと決めていて、『こうなりました』と手元に届いたものが、『私がリクエストを出しても、全く同じものになったはずです!』と思うほど、イメージにピッタリで。あと、本って匂いがいいですよね。読めば読むほどインクの匂いは消えていくけれど、本棚の香りや手の匂いなんかと混ざって、また違う香りが立ち上っていく。自分の言葉が活字となって紙の上に刷られていっても、それが本としての完成じゃなくて、誰かの手元に届いて、もしかしてその人の物語の一部になってくれたとしたら、それが何より有り難くて嬉しいです」
日々の気づきを残す先は手紙から日記へと変化
リズム、構成、言葉選びなども含め、才能あふれる文章の書き手。今後も何か発表してくれることを期待してしまうが、脱稿した時点では、「これからは、手紙も書いたら必ず渡すようにするつもりだし、当分書くことはないだろうな」と思っていた。
「それが、卒業してフィンランドに一人旅をしたことがきっかけで、今までやってこなかった日記をつけるようになって、自分でもビックリです(笑)。旅先でいろんなハプニングに見舞われて、『一人では何もできない』と気づいて寂しかったことが、日記を書くきっかけになりました。フィンランド旅行では、オーロラツアーとホテルだけ予約して、あとはフリーだったのですが、そもそも帰りの飛行機の予約を1日間違えていて。ヘルシンキの空港に着いてから高い差額を払って飛行機の便を変更して、トラムでホテルに向かう道すがら、突然キャリーが壊れたんです! 朝7時の真っ暗な中で20キロのキャリーが壊れたときは15分ぐらい途方に暮れました。車で2分ぐらいのホテルまでタクシーで移動して、部屋に着いたら涙が……(笑)。オーロラツアーも中止になって、心を落ち着かせるために行ったテンペリアウキオ教会でも、涙が止まりませんでした。本当に、毎日泣いていたんです。でも『また行きたい』と思うくらい素敵だった。何より『一人では何もできない』という気づきを得られたことが面白くて。帰国してから、どんな小さなものでも、毎日の気づきを、お気に入りのノートに認めることが習慣になっています」
取材・文:菊地陽子 写真:干川 修
ヘアメイク:宇藤梨沙 スタイリング:伊藤舞子 衣装協力:ジレ4万4000円(THÉ PR/tiit tokyo)、ニット1万9800円(N.O.R.C/ノーク)、ピアス1万3200円(フォーティーン ショールーム/サローネ サーティ)、ネックレス1万8700円(プラス ヴァンドーム)、リング4万8900円(トムウッド 青山店/トムウッド)(すべて税込)
くぼ·しおり●2001年、宮城県生まれ。16年、中学3年生の時に乃木坂46のオーディションに合格。中学卒業後に上京。22年より『乃木坂46のオールナイトニッポン』のパーソナリティを務める。演技にも定評があり、大河ドラマ『どうする家康』、連続テレビ小説『あんぱん』のほか、ドラマ、映画、舞台への出演多数。25年11月27日をもって、乃木坂46を卒業した。

『LOST LETTER』
(久保史緒里/幻冬舎) 2200円(税込)
乃木坂46での9年間で認め、結局渡すことのできなかった約150通の手紙。卒業発表を直前に控えた夏休み、彼女はそれを屋久島で焼くことにした。アイドル·久保史緒里に終止符を打つために―。アイドルになるまで、そしてアイドルになってからの葛藤を赤裸々に、読者に向けて書き下ろした17通の手紙のほか、屋久島への旅を綴ったエッセイなど、全編をわずか2カ月で書き下ろした。ヒリヒリするような青春の書。
