又吉直樹6年ぶりの長編小説『生きとるわ』。“僕”から500万円を借り逃げした親友。ある日、道頓堀で再会するが…ひとりの男の破滅を描く【書評】
PR 公開日:2026/2/19

ろくでもない奴なのに、放っておけない。相手にしても、こちらが消耗するだけだと頭では分かっているのに、どうしてそんな男と関わらずにはいられないのだろう。
累計354万部『火花』から10年。『人間』以来、又吉直樹が6年ぶりに描いた長編小説『生きとるわ』は、そういうどうしようもない男たちの物語だ。大阪を舞台に関西弁で綴られる本作は、又吉ならではの軽妙な筆致でページをめくる手が止まらない。描かれているのは、ひとりの男の破滅。それなのに、どうして何度も吹き出してしまうのだろう。
9月半ば、公認会計士として働く岡田は、高校時代の友人と3人で集まった。話題になったのは、同じ部活にいた同級生・横井のこと。横井の親友だった岡田は、かつて彼に500万円もの金を貸し、人生を大きく狂わされた。横井はほかの仲間からも多額の金を借りたまま姿を消したが、最近、大阪・ミナミをうろついているらしい。その晩、阪神タイガースのセ・リーグ優勝が決まった夜、岡田たちは道頓堀で偶然、横井と再会する。こともあろうか横井は、阪神優勝に浮かれて道頓堀川へ飛び込んでいた。
横井は、本当にしょうもない男だ。再会した友人たちに口先では謝罪と感謝を述べながらも、「ほんまにみんなに謝る機会を作りたいってずっと思ってたんやけど、申し訳なさと恥ずかしさがあって不可能やった」「だから、信じて貰えへんかもしらんけど、いま三人の顔を見て安心してるっていうか、阪神ありがとうって思ってる」などと意味不明な理屈を並べ立てる。さらに、10万円貸した友人に責められれば、「おまえ十万しか貸してへん癖に言い過ぎてんねん。百万、三百万に言われるんやったら分かる」などと居直るのだ。「あいつやばすぎへんか?」と友人たちが絶句するのは当然のこと。けれども彼らは、横井と縁を切れない。特に横井に甘い岡田は、さらなるドツボにはまっていく。「岡田さんにミナミの喫茶店で百万円返してもらえる約束になってたんですけど」――すべての始まりは、ある1本の電話だった。
階段を転げ落ちるように自滅していく岡田の姿から目が離せない。好きだった人間に不義理をかまされる苦しさ。その「今」とともに語られる高校時代の青春の日々が、胸をさらに締め付ける。だがこの物語は、「真っ当な人間ほど損をする」といった単純な話ではない。読めば読むほど、私たちは岡田のおかしさに気づかされていく。横井の凶悪さは言うまでもないが、努めて真っ当であるふりをしている岡田も相当おかしい。岡田は過去のある出来事に囚われ、だからこそ偽善的な生き方をしてしまう。「みんな横井をバケモノみたいに扱ってるけど、あんたが一番狂ってるで」――その言葉の意味を岡田が理解した時、もう過ぎた時間は取り戻せない。
人は幼い頃から案外変わらない。高校時代から成長せず、大人になっても過去の出来事に縛られ、それを誰かに重ね合わせ、同じ失敗を何度も繰り返してしまう。そんなどうしようもない男の姿から「生きる」ことのやりきれなさと、おかしみが滲み出る。どこかズレている岡田に、共感したくないのに、どこか共感してしまう自分がいるし、めちゃくちゃな生き方をする横井に、「真っ当でありたい」と願う私たちが、憧れに似た感情すら抱いてしまう瞬間がある。
身近に岡田や横井のような人がいる人も、そうでない人も。この本を読めば、何度も笑わされ、何度も苦しくなり、何度も心がヒリつく。そのたびに気づけば物語の奥へ奥へと引き込まれていく。この感覚は、又吉の作品ならでは。読み終えたあとも、岡田と横井がふとした時に頭をよぎる。人間の闇と、おかしみが共存するこの物語を、大きな話題を呼ぶに違いないこの作品を、あなたにも、ぜひ。
文=アサトーミナミ
