『わたしの幸せな結婚』顎木あくみが描く“人魚の血を引く少女の恋”。恋人以上、夫婦未満な二人の関係は次の段階へ!?【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/3/4

人魚のあわ恋秘めた想い、二つ
人魚のあわ恋秘めた想い、二つ(顎木 あくみ / 文藝春秋)

 人魚の血を引く少女・天水朝名の身体には、猛毒の血が流れている。その秘密を抱えたまま家族から虐げられて生きてきた。そんな彼女を救ったのが、婚約者である国語教師・時雨咲弥。彼に支えられ、かろうじて穏やかな日々を得た朝名だけれど、その均衡が少しずつ崩れはじめる。朝名の身体が“透ける”間隔が確実に短くなっていくなか、否応なく自身の生家・天水家と向き合うことに……。

 累計900万部を突破した『わたしの幸せな結婚』(富士見L文庫)の顎木あくみさん。繊細な恋愛模様、雅とふしぎが同居する世界観が数多くの読者を魅了してやまない。その持ち味は本シリーズ『人魚のあわ恋』でも存分に発揮されている。

 前作『人魚のあわ恋』で描かれた「守られる恋」の物語を踏まえながら、シリーズ第2弾となる今作『人魚のあわ恋 秘めた想い、二つ』はその先で朝名を待ち受ける現実を、静かに照らしだしている。甘美で儚いロマンスの奥に潜んでいた“家”と“血”の呪い。それらが、いよいよ明確な輪郭を帯びる。

しあわせのため、家族を壊す覚悟はあるか

 特に印象に残るのは、朝名の兄・天水浮春の過去が明かされる冒頭部分。妹を守らなかった弱さと、人であることを捨ててしまった歪み。浮春をとおして天水の一族が抱え込んできた狂気、そして朝名が背負わされてきた運命の重さがより生々しく迫る。

 一方で、朝名は前巻より強く、タフになった。

 自らの身に起きている異変を冷静に受けとめ、生家へ戻る可能性を考え、ときには「家族を傷つけること」さえも選択肢に入れながら思考を巡らせる。彼女はもう、ただ咲弥に庇護される存在ではなく、彼と対等に添いあうパートナーへとなりつつある。その変化はけっして劇的ではないけれど、一歩一歩、確実に。

 夜鶴女学院内で展開される人間関係のゆらぎも要チェックだ。親友・杏子との決裂、新たに芽生える池生マキとの関係、そしてクラスメイトたちとの間に生まれる微妙な距離。朝名を囲む日常の断片は、彼女に「普通の少女として生きる可能性」を差しだして、微笑ましくも切ない。

 そしてヒーロー、咲弥もまた理想的な守護者であり続けることができなくなっていくのが興味深い。彼は朝名を救うための“方法”を知っているが、同時にそれが彼女の心を深く傷つける選択であることも理解している。

 自分(たち)のしあわせのため、家族を壊す覚悟はあるか――。

 その問いは朝名だけでなく、咲弥自身にも突きつけられる。この巻で強調される彼の逡巡は、二人の関係をより現実的で切実なものへと変えてゆく。

『人魚のあわ恋 秘めた想い、二つ』は、恋がすべてを解決する物語ではない。むしろ、恋があるからこそ、壊さなければならないものが見えてしまう物語だ。

 守られるだけでは生きられない。しかし、ひとりでは選べない。朝名が選ぼうとしているのは、どんな道であれ、自分の人生を引き受けることなのだと思う。泡のように儚い恋は、まだ消えてはいない。その下で確かに育ちはじめた彼女の意志が、きっと二人の関係を次の段階へと押しだすだろう。

文=皆川ちか

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