入社3年目テレビ局員によるエッセイ連載「テレビぺろぺろ」/第9回「ティッシュとマトリョーシカ」

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公開日:2026/2/25

 入社3年目テレビ局員によるエッセイ連載「テレビぺろぺろ」/第9回「ティッシュとマトリョーシカ」

テレビ東京入社3年目局員・牧島による、連載エッセイ。「新しくて面白いコンテンツ」を生み出すため、大好きなお笑いライブに日参し、企画書作成に奮闘する。これはそんな日常の記録――。

こんにちは。
テレビ東京の牧島俊介です。さて…。

先々の特番の打ち合わせを終え、東京駅へと戻る。
昼過ぎだというのに空気が痛い。
黒い群衆に同化した黒いコートから、ティッシュを受け取る。

駆け込むように赤レンガに入る。暖房らしさがぬめりと顔に張り付く。
鼻の奥から滑らかに液体がこぼれ落ちる感触。反射的にポケットへ手を突っ込む。

街で配られる無料のティッシュには、決まって背表紙があるものだ。
パリパリの光沢紙。はからずもその広告が目に入る。

新番組スタート。
とあるテレビ番組のロゴ、放送日時、見どころが書かれていた。

鼻、かめないよ!
今さっき、何を受け取ってしまったんだ。
このティッシュ、ティッシュですか?

私の中のテレビ観が!
テレビ観がおかしくなっちゃう!
鼻水を垂らしっ放して、立ち尽くす。

そのまま脳だけが漫然と動き出す。
民放のテレビ局は、その放送において視聴者からお金をいただいていない。
番組と番組のあいだ、あるいは番組の途中に流れるCM、あの広告枠を企業向けに販売することで収益を得ている。それは、TVerにおいても同じ仕組みだ。商品は番組ではなく、広告枠である。

タダで配るものに広告をくっつけている。

つまり番組は、無料でもらえるポケットティッシュ。
広告付きティッシュ。

番組の告知が載ったポケットティッシュ。
それは、広告付きティッシュの広告付きティッシュ。

ビジネスがビジネスしてマトリョーシカ?
丸の内ってカオスなのね。

何かすごいものを見てしまった。
私の身近な世界が亜方向に拡張している。

テレビ局員の仕事は、ティッシュを作り、そこに広告を同封して配り歩くことだと思っていた。それが、ティッシュ配り業者さんに依頼してティッシュを配ってもらうようになるなんて。
ティッシュ作りがティッシュを配り、ティッシュ配りの方に頼んで、ティッシュを配った。
私の仕事は、ティッシュ作りで、ティッシュ配りで、ティッシュ配り配りだ。
ああ、アイデンティティを引っ張らないで。

私にティッシュを渡してきた黒いコートは何者だ?
お前がティッシュ配りだと思ったのは、はたして本物のティッシュ配りさんかな。
きゃー。手の上の不思議をポケットに戻し、慌てて帰りのホームへと向かう。

弱冷房車はあるのに、どうして弱暖房車はないんだろう。
京浜東北線の熱気にうつらうつらしているうちに、切り取られた思考の断片が蘇る。

テレビ局は視聴者から、その放送においてお金をもらっていない——。

幾度となくその言葉が、鈍くだるくリフレインする。
やがて、脳内にくっきりとした見覚えのない映像が流れ出す。

「大将! この店、めっちゃ美味いですね。次は…赤身!」
「あいよ!あ、ごめんな、その前に2、3分だけCMを見てくれ。その代わり、うちの寿司は全部タダだから」

銀座から出ていってくれよ、大将。
寿司屋としての誇りを捨てるなよ。

お金を払うとは、単なる経済行為ではない。
それは、「あなたの仕事に価値がある」という承認行為だ。

500円の赤身を食べるとき、客は「この体験に500円の価値がある」と判断している。大将はその500円を受け取ることで、「自分の仕事は500円分の価値を生んだ」と確認できる。貨幣を媒介とした、価値の相互承認。

芸人は、お客さんからチケット代をもらっている。
作家や漫画家は、読者からの売り上げの一部を印税としてもらっている。
バルーンパフォーマーだって、筆文字派ポエマーだって、
渋谷行きたい系アーティストだって、胎内記憶ビジュアライザーだって、
たぶんその創作の対価として報酬を受け取っている——。

それなのに、テレビの制作スタッフである私は、創作の対価で直接稼いでいない。
身体中を細かい泡々が昇っていくようなむず痒さに目を覚ます。
頬が熱いのは暖房のせいだけではない。

給料に照れる。
私は、テレビ東京からいただいているお金に、照れてしまったのだ。

なぜ、給料がもらえているんだ。
何の労働の対価だ。

会社から与えられた予算を使って、広告枠を付けるための番組を作る。
弊社の営業担当、広告代理店を経由して、広告枠が売られる。
労働と給料の距離があまりに遠すぎて、自分の仕事で利益を生んでいる実感が湧かない。

私はたまたまそこに居合わせただけだ。
巨大なシステムに組み込んでもらっているんだ。
一応、クリエイターに分類される職業なのに、自分の能力で稼いでいない。

未熟な頬染め者は、鋭利な冬に刺されながら家路を照れ急ぐ。
何者でもないのに、この家に住まわせてもらっている。
もはや食えているのか、食えていないのか、食わされているのか。

私のアイデンティティは、ポケットに入れたまま洗濯してしまったティッシュのごとくボロボロに砕け散っている。

あと今後、このエッセイで番組の告知をしても、どうか広告付きティッシュの広告付きティッシュがどうのこうのとかは思わないでほしい。私は片時も忘れないまま、忘れたふりをするので。

牧島俊介●テレビ東京入社3年目を迎えた現役テレビ局員。高校時代に、お笑いコンビ「虹の黄昏」に出会い、衝撃を受ける。自ら企画した番組は、柴田理恵・マユリカ中谷出演のバラエティ番組『ナキヨメ』など。

<第10回に続く>

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