「宗教2世」を子どもの視点から描く意欲作。信仰の対象にされた少女は何を見たのか【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/2/26

ギアをあげて、風を鳴らして
ギアをあげて、風を鳴らして(平石さなぎ/集英社)

ギアをあげて、風を鳴らして』(平石さなぎ/集英社)は第38回小説すばる新人賞の受賞作であり、昨今注目を集めている宗教2世を題材とした青春小説である。

 全国に拠点を持つ大規模な宗教団体「荻堂創流会」では、教祖の生まれ変わりとされる“降り子”を最高位の存在として崇める。近畿支部の“降り子”とされる少女・癒知(ゆち)は、同団体の幹部の母のもとに生まれた宗教2世で、小学校に通いながら宗教上の規律を守り、放課後は儀式の対応をしている。その宗教団体の施設の近所に引っ越してきた同い年のクミは、癒知に興味を持ち、2人は次第に関係を深めていくが……。

純粋な友情の物語が浮かび上がらせる、信仰の裏にある問題

 本作では、小学生の少女2人の友情を通じて、宗教にまつわる問題を描いている。生まれたときから宗教団体が運営する施設内で育った癒知と、転勤族のもとに生まれ、両親の不仲が深まっていくことを恐れながら各地を転々とするクミ。2人に共通しているのは、子どもの立場ではどうにもできない環境下で、不安やフラストレーションを抱えて生きていることだ。

 物語は2人の少女の視点を行き来しながら進む。彼女たちの目に映るのは、宗教の力に頼らなければ生きていけない、そのためならば家族すら蔑ろにしてしまう大人たちである。少女たちの願いや想いは、大人の事情、大人の都合によって捻じ曲げられていく。それでも強い友情で結ばれた2人は、希望を捨てない。自分たちの手で、幸せを感じられる瞬間をつくろうともがく。

 そのひたむきな姿が、幸せを自らつくることも、感じることも難しくなった大人たちの愚かさや、そこにつけ込むビジネスの汚さを浮き彫りにする。単に大人が悪者だと言いたいわけではない。ただ、彼らは自身の弱さから生じた歪みを子どもに押し付けていることに気づいていないのだ。

宗教2世の葛藤を通じて人々の幸せの本質を問う

 読後に振り返ると、『ギアをあげて、風を鳴らして』というタイトルの意味が鮮やかに立ち上がってくる。自転車に乗ったことがない癒知は、クミに乗り方を教えてもらう。走る道にあわせてギアを変えることも初めて知る。2人乗りで風を切る気持ちよさと、自分の足でペダルを漕いでいけることの喜びを体感する。自転車に乗ることは、癒知が人生というものの手触りを確かめる契機となるのだ。

 宗教を主題とした物語だが、本作が読者に投げかけるのは「宗教に頼るのはどうか」という表面的な問いではなく、「自分にとって幸せとは何か」という本質的な問いだと感じた。かつての安らぎを取り戻そうとして信徒となり、周囲との関係を断絶していくのは果たして幸せなことなのだろうか。それよりも過去の幸せは、未来の幸せのためにペダルを踏み込むときの原動力にしたい。そんな前向きな考えをもたらしてくれる読後感だった。

 宗教2世問題に興味がある方はもちろん、もっと広いテーマとして、自分の人生について漠然と悩んでいる方にもお勧めしたい一冊だ。社会の構造はそう簡単には変えられない。逃れがたい環境もあるだろう。それでも、幸せは感じられる。そう信じたくなる物語である。

文=宿木雪樹

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