機嫌が悪くなると暴れる父。いつも父から守ってくれた優しい母。ふたりが同じ時期にがんと宣告された… 2年間のダブル介護と看取りの記録【著者インタビュー】
公開日:2026/2/28

大好きな母と、母と自分を苦しめてきた父がほぼ同時期にがんと宣告された枇杷かな子さん。そこから約2年間の間ダブル介護に取り組んだ日々を綴ったのが『今日もまだお母さんに会いたい』(KADOKAWA)だ。
枇杷さんの前作『余命300日の毒親』は自身の父との記憶をベースにしたセミフィクション。本作にはそのモデルになった父と、母の闘病生活を支えた日々が描かれる。母を虐げ続ける父を介護する葛藤、迫り来る大好きな母との別れへの不安、そしてそれぞれの看取りと母を亡くしてからの感情……。本心を隠すことなく描かれるその物語には、自分自身の両親との別れを重ねずにはいられない。枇杷さんに当時の心境から経験者としてのアドバイスまで、さまざまなお話を伺った。
――本作『今日もまだお母さんに会いたい』はノンフィクション、前作『余命300日の毒親』はセミフィクションであるものの、ご自身の体験もベースになっていると伺いました。どんなご家族だったのですか?
枇杷かな子さん(以下、枇杷):両親と祖母と私の4人で暮らしていたのですが、父は機嫌が悪くなると暴れる人間で。父が暴れると、母は私と祖母を逃がしてくれることもあり…。私は母に「なんで離婚しないの?」といつも思っていたし、実際母に言って喧嘩になったことも何度もあります。でも母なりに私を守ってくれているというのはずっと感じていましたね。
――枇杷さんとお母さまの仲はずっと良かったのでしょうか?
枇杷:そうですね。ずっと近くに住んでいたので家を出てからも結構お互いの家への行き来がありました。小さい頃も、母は全国にお友達がいたのでその方たちの家に一緒に泊まりに行ったり。仲が良い方だったと思います。
――喧嘩をしたことは?
枇杷:お互い譲らない性格なので、小さな喧嘩はしょっちゅうありました。私が何か持って行っても母は「これ苦手だからいらない」とはっきり言ってきて。私が「せっかく持ってきたのに……!」と怒り出すみたいな(笑)。今思えば女同士、母娘だからこその遠慮のなさがあったんだと思います。父には怖くて言えなかったので。
取材・文=原智香
