「道枝駿佑さん自身が本当にまっすぐで、優しい人なんだと思います」映画『君が最後に遺した歌』公開記念【原作者・一条 岬インタビュー】
PR 公開日:2026/3/18
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年4月号からの転載です。

『今夜、世界からこの恋が消えても』『君が最後に遺した歌』一条岬さんが描く物語の主人公たちは、優しさに満ちている。試写を見終えたばかりの一条さんに、本作に込めた想いをお伺いした。
発達性ディスレクシア。生まれつき読み書きすることが難しい綾音と、詩を書くことが趣味で平凡な生活を送る春人。二人の物語は、どんなふうに生まれたのだろう。
「デビュー作『今夜、世界からこの恋が消えても』(セカコイ)のヒロインが前向性健忘だったことにも通じるのですが、病気や障害によるものだけでなく、世界との間に溝を感じている人たちは、生きることの困難に向き合わざるをえず、結果として人生についてより真摯に考えるようになると思っています。小説を書くうえで、それは決して欠損ではない、ということは強く意識していたことで、ひとりでは生きていけないからこそ、その人を支える人たちのことを、より大切に想うようになっていく。そういう優しさを、私は小説で描いていきたい」
確かに、一条さんの小説に出てくる人たちは、みんな優しい。誰かを好きになるということは、少なからずエゴが剥き出しになる行為であるはずなのに、登場人物たちは自分よりも相手が幸せであることを願う。
「〈優しさしか、持てないんだ〉というのは『セカコイ』の主人公・透のセリフですが、自分の存在意義を学生時代に考えたときに、私もまた、人に対して優しくあることしか自分にはないかもしれないと感じたことがありました。どれだけ勉強に励んでも、軽々と上をいく天才はいる。世の中は才能のある人たちで溢れている。でも、優しさだけは気持ちひとつで生み出すことができる。それも透の言うように、中途半端で誇れるほどのものではないかもしれないですが、大人になるほどに肩書が重視されて、優しさが軽視されがちなこの社会で、そうあろうとする人たちの尊さを、物語を通じて希求していきたいと思っています」
思い描いていた以上の説得力で演じてくれた
その優しさを体現したのが、『セカコイ』の透に続き、今作で春人を演じた道枝駿佑さんだ。
「彼自身が本当にまっすぐで、優しい人なんだと思います。いい意味で演技感のない自然体な表現は、彼の誠実さがにじみ出ているからなんでしょう。私も春人と同じで祖父母に育てられたため、思い入れる部分も大きいのですが、道枝さんの演じる春人は思い描いていた以上に健気で、よく頑張っているよ、と声をかけてあげたくなりました。生見さんは、私が執筆にかけた期間よりも長い、1年半という月日をかけて綾音になるための準備をしてくださった。そのおかげで、綾音の背負う影の部分と、気まぐれで明るい素の部分を、やっぱり思い描いていた以上の説得力で表現してくれました。映画公開にあわせて刊行される綾音視点のスピンオフ『私が最後に遺した歌』を書くときは、普段はないことなんですが、二人のイメージに知らず知らず引っ張られそうになりました」
試写を観たときは「周囲の目とその後の打ち合わせがなければきっと泣いていた」という一条さん。
「ライブなど、印象に残っているシーンは数えきれないくらいあります。そのなかでも、おそらくアドリブであろう二人の掛け合いの睦まじさが微笑ましくて、特に引き込まれました。〈必要なのは瞬間的な愛ではなく、永遠に続くものである〉というのは『カラマーゾフの兄弟』の一節ですが、まさに永遠に関係を紡いでいくために大事なものが、お二人の演技によって浮かび上がっていました」
どんなに願っても永遠に続く関係なんてないからこそ
〈永遠とは、時間の延長ではなく欠如を指す〉。こちらは『私が最後に遺した歌』の一節である。春人と一緒にいられるなら他には何もいらない。そんな綾音の切実な想いを映し出した哲学のようなその言葉は、『君が最後に遺した歌』とはまた違う角度から読む人の心を揺さぶる。
「ドストエフスキーは文学者ではなく哲学者である、と評されることもありますが、私も物語を媒介として、哲学を感じられる文章を書きたいと思っています。古今東西、本当にたくさんの哲学書を読んで学んだことは、世界の真実はシンプルなものであること。実生活に紐づかない理論や空想をただ論じるよりも、今ここに生まれた感情に向き合って、その切実のわけを問うことが重要ではないのか、と。春人と綾音がそれぞれ、生きる意味を自分と向き合って問い直すなかで、物語を読み終えた人たちが、人生を捉え直すきっかけのひとつになってくれたらいいな、と思っています」
だからこそ、映画も原作も、とくに若い人たちに届いてくれたら嬉しいと一条さんは言う。
「私の書く小説が死に近いのは、小学生のときに親しかった友人が交通事故で突然亡くなってしまった経験も大きいです。今も人の入れ替わりの激しい職種に就いているので、どんなに願っても、関係を続けるための努力をしても、永遠に続くものはないかもしれない、という諦念が私のなかにあります。でも、だから人生や出会いに意味がないと悲観するのではなく、今ある幸せを大事にしながら生きていきたい。いつか訪れる別れが、後悔にまみれたものではなく、その人とともに生きたことの証明だと思えるように、選択と決断を重ねていきたい。そんなことを感じてもらえたら嬉しいですし、私が描きたかったことを映画では丁寧に掬いあげてくださっていると思っています。原作で描いた20年の時が10年に短縮されているぶん、ラストなどの細部は変わっていますが、それも含めて理想の映画になっていて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。原作をお読みになった方も、そうでない方も、どうか劇場で二人の物語を最後まで見届けていただければと思います」
取材・文:立花もも
いちじょう・みさき●愛知県生まれ。2019年、電撃小説大賞・メディアワークス文庫賞を受賞した『今夜、世界からこの恋が消えても』(「心は君を描くから」を改題)でデビュー。同作は韓国でも強く支持され、韓国版『セカコイ』が制作された。ほか著書に『さよならの仕方を教えて』など。
映画『君が最後に遺した歌』

監督:三木孝浩 脚本:吉田智子
出演:道枝駿佑、生見愛瑠ほか
音楽プロデュース:亀田誠治 配給:東宝
©2026「君が最後に遺した歌」製作委員会
3月20日より全国公開!
高校生の春人の目標は、公務員になって、育ててくれた祖父母を安心させること。詩を書くのは好きだけど、夢も楽しいことも何もない春人の前に、ある日突然、綾音は現れた。クラスの誰ともかかわろうとしない彼女が、春人の詩にメロディをつけて歌い、自分のためにもっと書いてほしいという。読み書きすることが難しい彼女と、つかのまの青春の日々を送るが……。
原作本紹介

一条 岬
メディアワークス文庫 770円(税込)
詩を書く以外、自分には何もないと思っていた高校生の春人は、“鉄の女”と呼ばれるクラスメイト・綾音に突然声をかけられる。彼女が歌う曲の歌詞を書いてほしいというのだが……。


