【全読者が救われる】『人魚姫』『マッチ売りの少女』の結末に納得できなかったあなたへ。綾崎隼『それを世界と言うんだね。』で味わう至高の読書体験【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/3/4

それを世界と言うんだね
それを世界と言うんだね(綾崎隼/ポプラ社)

 恋にやぶれ、海の泡になった『人魚姫』が、到底幸せだったとは思えない。貧しさに苛まれながら真冬の夜に命を落とした『マッチ売りの少女』だって同じだ。おとぎ話は、いつでもハッピーエンドとは限らない。「どうしてみんなが幸せになれないのだろう」と幼心に胸を痛めたことはないか。物語の結末に納得できず、心のどこかに小さな棘を残したまま、大人になった人もいるのではないか。

 そんな人にこそ読んでほしい小説がある。その小説とは、『それを世界と言うんだね』(綾崎隼/ポプラ社)。おとぎ話の世界に入り込み、登場人物たちを救う体験ができる物語だ。この本は、バーチャルシンガー・花譜さんの楽曲「それを世界と言うんだね」を、作家の綾崎隼さんが小説化した1冊。原曲は、2021年に行われた「みんなで作る『キミノウタ』キャンペーン」で、児童文庫レーベル「ポプラキミノベル」の子ども読者から寄せられた物語をもとに、カンザキイオリさんが作詞作曲したもので、MV再生数は182万回超。そんな大人気の楽曲を小説化したこの物語がこのたび文庫化された。ファンタジー好きやミステリー好き、さらには、かつておとぎ話の結末に涙した経験がある人も必読。神秘的で幻想的。ページをめくれば、そこはおとぎ話の世界そのものだ。

 主人公の少女は、薔薇の花畑で目を覚ました。だが、自分が誰なのか、名前も年齢も思い出せず、記憶のすべてがない。近くには小さな白いお城が見える。すると、少年に話しかけられた。周囲から「王子」と呼ばれているというその少年によれば、ここは「時空の狭間」と呼ばれる場所で、物語の中で不幸になった者だけがたどり着くところらしい。王子は彼らの物語に入り込んで、登場人物を全員幸せにする「物語管理官」の仕事をしているのだという。その仕事に憧れを抱いた少女はやがて物語管理官となり、王子とともに、物語の登場人物たちを救うことになる。

 物語管理局の白いお城を守る『ジャックと豆の木』の怪物・オウガ。物語管理局の城主であるドレス姿の小さな『親指姫』。幻想図書館の司書をしている『みにくいアヒルの子』のアヒル君。——この世界の住人は、人種、生物としての種族までバラバラで、少女と一緒に散策するだけで胸が高鳴る。

 さらに、物語管理官の仕事はなんとも素敵。おとぎ話の中に入り込んでは、登場人物すべてを幸せにすべく、彼らの運命を変えていくのだ。だが、そこにはさまざまな制約がある。本来の物語を尊重するために大前提を変えてはいけないし、介入するのは、極力中盤から終盤にかけてでなければならない。物語の中に持ち込めるのは、身につけている衣装や装身具だけで、道具などは持ち込めない。また、自分が登場する物語には、絶対に入ってはいけない。

 少女と王子が旅するのは、『マッチ売りの少女』『裸の王様』『人魚姫』の世界。制約がある中で、どうやって物語の登場人物たちを幸せにできるだろうか。ただ小説を読むのではない。私たちもまた、物語管理官の一員になったかのように、少女や王子とともに「どうすれば救えるのか」を真剣に悩む。

 そして、少女は冒険をするなかで、自分自身とも向き合うことになる。少女の正体は謎に満ちている。少女は親指姫から彼女の物語を教えられるが、その名前に疑問を感じる人は少なくないだろう。おまけに、彼女が登場する物語は、幻想図書館からは持ち出されており、少女は内容を確認することさえできない。彼女は何者なのだろうか。また、王子の正体も分からない。王子は自分が「何の王子」であるのかを誰にも教えようとはしない。次第に王子に惹かれていく少女に、どんな運命が待ち受けているのか。そこには、この物語の世界を揺るがすほどの大きな秘密が隠されている。

 すべての謎が解けた時、ふわりと心がほどけた。登場人物全員を幸せにするこの作品は、私たちのことも幸せな気分に浸らせてくれる。どこまでも温かく、どこまでも優しい。そんなこの小説は親子で読むのもオススメ。温かな涙があふれるこの作品を原曲とともにぜひとも体験してほしい。

文=アサトーミナミ

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