又吉直樹6年ぶり長編小説『生きとるわ』を語る。「皆から金を借りて飛ぶ、平気で嘘をつく。けれど妙に魅力がある。周りにそんな人間は多い」【インタビュー】
公開日:2026/3/22
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年4月号からの転載です。

「今じゃないと書けなかったと思いますね。書いてるものが、年齢に追いついてきたというか」
前作『人間』から実に6年ぶりとなる長編小説。それもこれまでで一番長い小説だ。
「あれからヨシタケシンスケさんや満島ひかりさんと一緒に本を作るなど、短い物語をたくさん作る期間を経て、そろそろ長編を書きたいなと思っていたとき、なんとなく自分の書きたいテーマが出てきたんです」
その“なんとなく”について語り始めてくれたのは、又吉さんがコントを書くときの話だ。
「オーソドックスなコントは、ひとりの変な人が出てきて、その人にまともな人が翻弄されたり、どこが変なのかをツッコんで笑いを起こす物語の構造を持っていると思うんです。でも僕は、コントで普通の人が出てくるのがピンとこなくて。変な人の変なところを指摘する側にも変な部分が出てきて、両方、変に見えてくるというコントに、自分はリアリティを感じるんですね。日常生活の中でも完全にまともな人はいない。トラブルを起こす人物を支えている側の人間も、実はトラブルを起こす人がおかしくなっていくところに影響を与えているんじゃないかとか。根本的にそういう考え方が僕にはあるので、それを小説にしたいなと。これまで書いてきた小説も、そういうふうにはなっているのですが、今作ではその関係性に焦点を当てたいなと」
主人公の岡田は、公認会計士として傍目には順調な生活を送っている。物語は久しぶりに高校の同級生と集まることになった夜から始まる。会って早々、陰謀論的な話を始める大倉、久々の再会に声を弾ませる広瀬とは部活が一緒だった。話は、日本映画研究部という部活のもうひとりの仲間、横井のことへ。彼は多くの友人知人から金を借りたまま、姿を消していた。大倉も、広瀬も貸していた。〈俺みたいな奴がおるせいで横井がああなってしまったという側面もあると思うねん〉という岡田は500万円も貸していた。
「僕の周りに横井的な人物は多いんです。皆から金を借りて飛ぶ、平気で嘘をつく。けれど妙に魅力がある。謝られると、次こそは改心してくれるんじゃないかとずるずる付き合いを続けてしまう。僕自身、何回裏切られても付き合ってしまうほうではあったんです。そしてそれを、コントでやったんです。この小説の原型になるような、皆からお金を借りて飛んでしまったやつが、皆に見つかり、どう言い逃れするかというのを」
“なんか怖い”。お客さんからの反応は良くなかったという。
「僕が横井を演じたんですけど、貸すほうが悪いとか、いろんな論法で皆を嫌な気分にさせていく。20分で収めなければならないのに、稽古をしている間もどんどん横井のセリフが伸びていき、“これはもう自分のなかに横井がおるぞ”と。横井の生き方や言っていることに、僕はほぼ共感できないんですけど、ただ何かが合う、強いて言えばリズムが合うとは思ったんですね。一緒にコントを演じていた皆からは、“横井、腹立つわ!”とずっと言われて。これほどちゃんと人を腹立たせることのできるキャラクターもいないなと。それも小説にしたいと思ったところでした」
阪神タイガースのセ・リーグ優勝が決まったその夜、岡田は大阪・道頓堀で偶然、横井と再会する。
《弱さ》というものに対し新たな視点を持てた
岡田は又吉さんが書いた小説の主人公のなかで初めて《表現者》ではない職に就いている人だ。
「抽象とかロマンではなく、数字で答えを出す職業の人にしたかったんです。横井との人間関係をはじめ、答えが出ないことから逃げたいと思っている岡田が、どんな仕事を選ぶのかというところから、会計士という仕事が出てきました」
横井のわからなさ、彼に関わっていく岡田がこの先、どう変化していくのかをちゃんと書きたいと思い、進んでいった筆は、彼らの高校時代の回想にも及んでいった。
「横井は高校生のときも許し難いことをしているけど、まだ可愛いもんだなと。回想シーンに行ったときは岡田の言葉が暴走気味で。言葉で相手をやり込めていく岡田に横井は影響を受けたんだろうなと思いました」
岡田は、文化祭で脚本を担当した映画のなかに〈社会のシステムを通常通り動かすためには、弱い人間は不良品として扱う必要があるのやろうか〉という言葉を書いた。そのとき彼の脳裏にあったのは、ひとりの同級生の死。又吉さんの小説はいつも《弱さ》というものに寄り添う。だが横井と再び関わることになった岡田が辿っていく日々のなかで、《弱さ》は、これまでと違う顔も見せていく。
「弱いことはそもそも罪なのかという岡田の言葉は、僕の基本的な考えではあるのですが、追い詰められ、どうしようもなくなった彼が、自分の弱さを持ち出したとき、〈人間の弱い所とか言われたら許さなあかんみたいになる〉と、ある人から言われる場面があって。自分で書いたんですけど、あれは自分が言われているみたいで傷つきました。確かになぁって。弱いものに共感も味方もしたいけど、その弱さに翻弄されて、よりしんどい思いをしている人がいることを自分はあまり考えてこなかった。これまで自分がずっと書いてきた弱さというものに対し、今作では新たな視点を持つことができました」
これが自分の代表作になったらいいなと思います
横井をバケモノとして見るようになっていく岡田が辿る過程はキツい。けれど物語にはそこで生きる人々から零れてくる笑いもある。
「芸人が構築した笑いではなく、一生懸命、生きている人たちの生活のなかで、自然に起きてくる面白さみたいなものが僕は好きなんですよね。小説のなかではそういう瞬間みたいなものを書いていきたいなと。大倉が語る陰謀論にしても、現状に納得できていない人が政治に関心を持ち、何かを変えようとする人もいれば、そもそも設定自体がおかしいという発想から入っていく人もいる、真偽も含めてひと括りにはできない、人々の日常から零れ落ちるもので。現在、人が生きていることを書こうとしたら、陰謀論は政治よりむしろリアリティがあるのかなと。そしてその下地には何があるかというと、やっぱりマンガや映画などのカルチャーだなと思うんです」
楳図かずおや『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』などのゾンビ映画をはじめとした作品が、登場人物の会話には生き生きと現れてくる。
「ゾンビ映画を社会的な映画として観て、いわゆるサブカル的な視点で語る人って結構いるじゃないですか。それを聞いて、なるほど、面白いなと思う感覚と、陰謀論をそう思う感覚って結構、似ていると思うんです」
そんな《今》の空気を孕みながら、今の時代、そんな奴いないよねと、なかったことにされてしまいそうな人たちにも光を当てた長編作は、又吉さんが「そういうもんかなと思うんですけどね」というところで終わる。ビルに囲まれた公園の、日当たりのいいところにぽつんと置き去りにされたような心地よさを残して。
「『火花』も『劇場』も、あれらを書いた3年前でも同じものを書くことができたと思うんです。でも本作は自分の年齢、そこから生まれた人との距離感や考え方、捉え方など、今じゃないと難しかった。5年前にこの題材で書いていたら、僕は横井をただのバケモノとして書き、岡田はそれに翻弄される話で終わっていたかもしれない。岡田の変化が書けるようになったのが、多分、今でした。これが自分の代表作になったらいいなと思います」
取材・文:河村道子 写真:川口宗道
またよし・なおき●1980年、大阪府生まれ。NSC5期生。吉本興業所属のコンビ「ピース」として活動するお笑い芸人。エッセイや舞台の脚本も手掛ける。2015年、『火花』で芥川賞受賞。他に、『劇場』『人間』『東京百景』など著書多数。YouTube「ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル」でも精力的に活動中。

ダ・ヴィンチWebで「又吉直樹の新作小説 『生きとるわ』を語る会」を連載中。又吉直樹にゆかりのある作家たちは『生きとるわ』をどう読み、何を思うのか?

『生きとるわ』
(又吉直樹/文藝春秋) 2200円(税込)
公認会計士として傍目には順調な生活を送っている岡田。しかし高校時代の仲間だった横井に500万円を貸したことから、その人生は狂い始める。横井は他の仲間たちからも借金を重ねたあげく、姿をくらましていた。阪神タイガースのセ・リーグ優勝が決まった夜、大阪・道頓堀で偶然横井と再会した岡田は貸した金を取り戻そうとするが、さらなるドツボにはまっていく。
