心のささくれが“つくろわれていく”物語――事故で昏睡状態の少女の魂は、不思議な世界で人魚に出会う。村山早紀のファンタジー【書評】
PR 更新日:2026/3/7

ちょっと疲れた時、心にぬくもりがほしい時、あなたはどんな「物語」を読みたくなるだろう。なにげない日常にファンタジーが起こす幸せな魔法…児童文学出身の作家・村山早紀さんの描く世界にあるゆるぎない「やさしさ」は、そんな気持ちにそっと寄り添ってくれるに違いない。このほど登場した新刊『つくろうひと』(ポプラ社)も、そんな村山ワールドの魅力がぎゅっと詰まった一冊だ。ある少女のモノローグのように紡がれる物語は、「いのち」のかけがえのなさを伝えてくれる時間旅行のようでもある。
主人公は長崎の小島で育った少女・章。島でのびのび生きている彼女だったが、実はシナリオライターとなって都会に出奔してしまった母に「捨てられた」気持ちを拭えない孤独な心をひっそり抱えた少女だった。かっこいい漁師だった父が海で亡くなってしまい、章は小さな書店を営む母方の祖母に預けられることになる。そこには同い年の本好きのいとこ・萌音がいた。実は萌音は小3の夏を島で一緒に過ごした「親友」で、同じくやむを得ない事情で祖母のもとに身を寄せていたのだった。やさしい祖母に見守られ、支え合ってすくすく育った二人。だが、高校生になった夏のある日、章は衰弱していた野良の黒猫を救おうとして大怪我を負って昏睡状態に陥ってしまう――。
気が付けば眠り続ける病院のベッドを抜け出した章の魂は、「あの時」の猫に誘われるまま不思議な世界にたどりつく。そこはかつて萌音から聞いたことのある伝説の場所――街の地下の深い深いところに果てしなく暗い湖があり、その畔には手先が器用で、なんでも縫える針と糸でなんでも作り出す「人魚」がひっそりと棲んでいる――だった。確かに章がそこで出会ったのは、本物の人魚だったのだ。
永遠の命を生きる美しい人魚が得意なのは「つくろいもの」で、あらゆる手仕事はもちろん、特に悲しい記憶をつくろうことが大得意。だから深い湖を通り抜けて、彼女の周りには時空を超えたさまざまな生き物の迷える魂が寄ってくる。
中には戦争で傷ついた生き物たち(軍用馬、軍用犬、空襲の前に殺された動物園の動物たち…)の姿もある。人間の起こした災いの犠牲になって命を失ったのに、それでも「人と暮らしたころの記憶が好き」と、記憶をつくろってもらうことを願う彼らの気持ちに胸が熱くなる。彼らの願いを叶え、魂をふさわしい場所に導く人魚。その姿のなんと尊いことか。
なお猫好きの著者らしく猫の存在は特別で、物語の道先案内人は章が救おうとした「黒猫」なら(この猫はそのまま物語の大事な存在となっていく)、たくさんの野良の子猫たちが「もっと撫でてもらいたかった」と章に甘えるシーンもあって思わずホロリ。「猫たちは本当にそんなふうに思っているのかも…」と、なんだかこれから世界をみる自分のまなざしも変わりそうだ。
果たして昏睡状態の章はどうなってしまうのか――深刻な状況の一方で、遥かな時を感じさせるファンタジー世界の広がりが絶妙。随所に誰かを大切に思う気持ちがあふれていて、自分の心のささくれまでつくろわれていくかのよう。多くの人の大切な一冊になりそうだ。
文=荒井理恵
