かけおち・青木マッチョのエッセイ連載「青木マッチョの三十年史」【第9回】「エリートになる/消防学校編」
更新日:2026/3/23

※本記事のエピソードは、著者が在籍していた当時の体験に基づくものです。現在の消防学校の教育内容・指導方針とは異なる場合があります。
お疲れ様です。
かけおちの青木マッチョです。
奇跡的にダ・ヴィンチWeb様で連載させていただいております。
自分、実は小学5年生の頃から塾に通っており、割と成績は良くて中学の頃には学年で1番を取ったことがあるぐらいだったんです。本当です。
模試も数学と物理で満点を取るなど結果を残し、ちゃんと地元の公立進学校に入学し、割と「頭がいいやつ」ではありました(自慢パート終わり)。
そして大学進学率ほぼ100%の高校でしたが、自分がそれを壊すように消防士の道へと駒を進めてしまいます。
ですがこれは決して逃げではありません。そもそも大学に入ってもおそらく夢のキャンパスライフを楽しむことはできないという早めの判断と、大学に行くことによって消防に関する技術や知識は向上しないので、早めに消防士になったほうが大学4年分消防の経験を積むことができ、最終的にはより素晴らしい消防職員になれるのではないかという未来への希望があったわけです。
まあ、結果的に芸人になったのでまるで関係なかったのですが。
そんな自分が、消防に入ってどんな仕事をして、6年間で何があったのかを今回は書いていこうと思います。
自分は高卒で消防士になったわけですが、自分の所属していた市では確か、同期の中で大卒が20人ほど、高卒が5人ほどの割合でした。
すると高卒で入ったというだけで、少し大卒から舐められます。年下というのもありますが、確かに自分から見ても大卒区分で入った同期たちは、同期というより「お兄ちゃん」という感じでした。
高卒で入って舐められているのを薄々感じながらも、自分の中ではとある気持ちが強くありました。
「あ、自分は普通の高卒じゃないっすよ」
です。
いやマジで。
大卒区分の同期たちの大学名を聞いてもほとんど知らないところでしたし、自分、高校最後の模試では早稲田受かるって書いてあったんで。もう気持ちは早稲田卒です。
公務員試験も、自分で採点した結果1問しか間違えていませんでしたし多分皆さんより頭いいっす。舐めないでください。自分さっさと結果出すんで、今のうちに舐めといてください。
って思ってました。
そんな風に、学力が全てと思っていましたし、自分が一番頭いいから(これも本当はどうかわかりませんが)、仕事も一番できると思ってました。
消防に受かるとまずは、その県の消防士1年目の人たちほとんどが集められて「消防学校」というところに入ります。
そこでは、その県内の140人近くいる同期たちと平日は一緒に寮で暮らしながら訓練や座学に勤しみ、半年後にすぐに現場に出られるような一人前の消防士になることを目指します。
1日目、入学式で国歌をみんなで歌うのですが、声が小さいということで何度もやり直し。喉がよわよわな自分は速攻で喉を潰し、やり直しするたびに外の坂道をダッシュさせられます。
教官とすれ違うたびに挨拶するのですが、それも声が小さいということで即腕立て伏せをする。とにかく厳しい。
キツすぎてはっきりした記憶がないのですが、なんか初日の最後は班員6人ぐらいでムカデ歩き(縦一列に並んで前の人の肩を持ち、低い姿勢を保ちながら歩くこと)を真っ暗になるまで叫びながらやっていた記憶があります。イッチニーイッチニー!
食事も時間がなく、一瞬で食べてすぐに次の訓練へ向かう。
お風呂も一瞬で入らないと間に合わない。とにかく1日の密度が濃すぎました。
「え……これでまだ1日……?」と引きながら寝床についたのを覚えています。
寝る間際にインスタを確認すると、自分の高校の同級生たちがみんな「新歓コンパ」というものをやっています。ほとんど男女グループで飲み会をしている写真ばかり流れてきます。みんな髪の毛を染めてました。
ふと周りを見ると、愛知県のいろんなところから集められた同期が全員頭を丸めて、「体痛え……」と呻きながらベッドに横たわっています。
自分と同級生との差がありすぎて、寝る間際に静かに涙が流れたのを覚えています。
だけど自分は普通の高卒じゃない。頭いいんだから。エリートとして、首席でこの学校を卒業するんだ。年上の同期も関係なく、引っ張っていくんだ。そう思いながら眠りに落ちました。
そして次の日の朝。
完全に熱を出しました。
発熱です。ビビりました。どう考えても体が熱を帯びてるし、だるい。頭も痛い。
なんとあれだけ自信があった青木消防士は、2日目で実家に帰ります。
めちゃくちゃ気まずかったですが、家に帰ると両親が出迎えてくれて、ゆっくりご飯を食べられてまた涙が出そうになりました。
そして2日間休んで、また消防学校へ。
班のみんなはめちゃくちゃ疲れた顔をしていましたが、しょうがないよと優しくしてくれました。ですがたった1日で熱を出してしまったということで、教官から「反省文を書け」とのこと。
確かにあまりにも不甲斐ない行動をしてしまったので、反省文をA4用紙にびっしり書き、教官室に持って行きます。
教官に提出すると、すぐ破られました。
「もう1回書いてこい」
「はい……」
部屋に戻ってまた反省文を書いて、教官室に持っていく。
想像つくかもしれませんが、また破られました。
意味がわからなかったのですが、教官曰く「字が汚くて読めん」とのこと。破らなくてもいいじゃん〜。
結果、5回目でなんとかOKが出てまた消防学校の生活に戻りました。
この辺りから、自分ってエリートの素質ないのか? と思い始めますが、まだ諦めません。
訓練ではある程度の結果を残し続け、座学も頑張りました。
朝起床のチャイムが鳴ってから、5分以内に整列して点呼をとり、朝食を食べてすぐにランニングが始まります。
このランニングもめちゃくちゃキツくて、防火衣という動きづらくて分厚い服を着て、10キロ以上あるボンベを背負って1時間ぐらいアップダウンの激しいコースを走ります。
もちろんそのランニングの前の朝食はなかなか喉を通りません。ですが残したら怒られるので、なんと自分が周りの同期の残した朝食まで食べていました。
これもエリートになるため……。
どれだけきつい訓練で、どんどん同期たちが倒れようが、自分は絶対にリタイアすることなく、立ち続けました。
一度、気温が40度近くいった日があり、その日の訓練は特にすごかったです。
同期がどんどん倒れていく。
すごい景色でした。とんでもなく暑くて、地面の熱も上がり辺りの景色がゆらゆらと陽炎として揺れていて、その中でたくさんの人が倒れている。その人たちを救護する教官の数も間に合っていません。
140人ほどいる同期たちが、訓練が終わる頃には1/3程度の人数になっていました。何人かは救急車で病院に運ばれました。
そんなきつい訓練でも、自分はあたかも余裕そうな表情で生き残りました。
なぜならエリートだから……。
話は変わりますが、消防学校にはさまざまな「委員会」が存在します。
小中学校であったような委員会と同じ解釈で大丈夫です。
消防学校の記録を残す写真委員や、毎朝朝礼でみんなの前で体操をする体育委員。そして一番不人気だったのが、資機材倉庫という消防の訓練で使う道具をしまう倉庫の管理をする「資機材倉庫委員」。
自分は楽な委員会が良くて、体育委員に入っていたと思います。
話を戻します。
消防学校での生活も終盤に差し掛かった時、自分が地面にそのまま置いてはいけないロープを地面に置いてしまったところを教官に見られました。
めちゃくちゃ怒られたのですが、なんと罰として資機材倉庫委員会に配属されます。そんな罰で使われる委員会、あっちゃダメだろ。
しかもただ委員会に入るだけではなく、その委員長になれとのことでした。
他の委員会では、その年長者が委員長をやるのが一般的で、高卒すぐに消防士になった自分は年齢で言うと一番下。異例です。
ですがまあ理由はどうであれ、最年少委員長もエリートっぽいし別にいいかなと思っていました。
そしてまた事件が起こります。
訓練終わりに、教官から全員招集がかけられました。
「カラビナが1枚足りない」
カラビナというのは、開閉式のゲートがついた金属製のリングで、ロープと人命を繋ぐ一番と言っても過言ではないぐらい大事なものです。
その一番大事なカラビナが、無くなった……?
続いて教官から、恐ろしい言葉が発せられます。
「資機材の管理はすべて資機材倉庫委員に任せてある。委員長、どういうことだ」
全員の視線が一気に自分に降り注がれます。
自分は立ち上がり、「確認してきてもよろしいでしょうか」と教官に許可をとり、倉庫へ向かいます。
背中からほかの同期全員の数字を数える声が聞こえてきます。
振り返るとみんなが腕立て伏せをしていました。おそらく自分が探している間、腕立て伏せをさせられ続けるのでしょう。
半分パニックになりながら、倉庫でカラビナを探し回ります。
「まずいまずいまずい」そう呟きながら、暑さからなのか焦りからなのかわからない汗がダラダラと流れます。
教官に見られたらブチギレられそうな勢いで倉庫中の器具を乱暴にどかしてカラビナを探します。
倉庫の外から聞こえてくる、同期の苦しそうな叫びのような、怒号のようなカウントが100を超えたあたりで、自分はふと立ち止まります。
「ないわ」
ないです。どう探してもない。同期もそろそろ限界を迎えそうだ。
どうせないなら早めに戻ろう。そう思い、ダッシュでみんなの元へと駆け寄ります。
「すみません!!!!! 見つかりませんでした!!!!!」
同期たちが絶望の眼差しを自分に向ける。こんなはずじゃなかったのに……。
すると教官が、「じゃあ全員でグラウンドを探せ、絶対立つな」と非情にも伝えます。
みんなで「よし!!!」と叫び(消防士は返事をヨシと言います。何がヨシだよ)、広いグラウンドをしゃがみながら歩き回ります。
初日だけと思っていたムカデ歩きの再来です。
夕方のまだ明るい時間からカラビナ探しは始まったのですが、気づけば5時間ほど経って夜10時になっていました。
その間、全員が立つことを許されずしゃがんだ状態で歩き回っていて、体力と下半身の筋力の限界はとっくに超えていました。
そのあたりで教官からやめるよう指示され、全員ふらふらになりながら解放されました。
教官のためを思って言うと、カラビナなどの資機材は市民の税金で購入されているため、無くすなんてことはあり得ないのです。だったら俺がカラビナ代を払ったよ。
そしてみんなで寮に戻る道中、正直自分は委員長だっただけで、自分が無くしたわけではないし、そこまでのことと思っていませんでした。
ですが、同期に話しかけても普通に無視されますし、ヒソヒソと「青木が悪いだろ」「なんであいつのせいなのにこんな目に」などと聞こえてきます。
あれ、エリートじゃないのか俺……今思うとまだエリートになれると思っていた自分に驚きますが、この時はだいぶきつかったです。
当時、高校を卒業したばっかの18歳、年上の同期たちからは悪く言われ、無視され、高校の同級生全員がSNSに男女グループでのキャンプの様子をあげています。
地獄。地獄でしかない。というかこの文章を読んで親泣くだろ、可哀想すぎて。
そんなことがありながら、まあ他にもいろいろありましたが、なんとか9月末に消防学校を卒業します。
勘の良い方はお気づきかもしれませんが、卒業式では自分だけ泣いていませんでした。
ここからは各々の職場に戻り、一人前の消防士として働きます。
消防学校ではいろいろありましたが、自分はみんなより頭がいい。だから重宝される存在になる。
そう切り替えて消防署での勤務を頑張ろうと胸に誓って、消防学校を後にしました。
この後、エリートになるという自分の考えが完全に打ちのめされることを知らずに……。
<第10回に続く>