又吉直樹の新作小説『生きとるわ』を語る会/第4回「又吉さんはヤバい奴らへの視点が昔から温かい」(又吉直樹×向井慧対談)

文芸・カルチャー

公開日:2026/3/14

撮影=渡邊秀一 取材・文=栗山春香

 又吉直樹が6年ぶりとなる小説『生きとるわ』を上梓した。1985年、阪神タイガースが優勝した年に生まれた子供たち(岡田と横井)が出会った高校時代と、卒業から20年経ち大人になった彼らが再会した2023年の大阪を舞台に物語は描かれる。将来への不安をまだ感じずに過ごしたはずの青春と、大人になって彼らが直面する現実の残酷な対比に他人事ではない痛みを強く感じるが、それでも生きていく勇気が立ち昇ってくる作品だ。今回、又吉の20年来の友人で同居生活を送ったこともあるパンサーの向井慧が、“一番著者に近い視点”でこの新作小説について又吉と語り合う。

僕に重なるキャラクターはいないんですけど、すべての登場人物にちょっとずつ思い当たる節があったりします(向井)

又吉:率直に、感想はどうだった?

向井:物語の冒頭ですが、もともと又吉さんはコントにしていたじゃないですか。僕はライブでそのシーンを演じたことがあるし、なんならそのコントを作っているところを現場で見ているんで。それがこんな小説になるんだ、と。単純に驚きましたし、又吉さんってお笑い芸人だよな、ということを感じながら読んでいました。

又吉:そのコント、あんまりウケた記憶はなくて。お芝居に近い雰囲気でみんな観ていたのかもしれない。

向井:わかりやすいボケとかじゃなくて、人間の面白味でやっていくコントだったんでね。でもそれがギュッと最後まで濃度の濃いまんま、という感じでした。そのとき又吉さんは横井を演じていたんですけど、でも僕の知っている又吉さんは岡田により近いと思っていて。岡田が言うこととか、又吉さんが好きなんだよなっていう。

又吉:岡田のどういうところ?

向井:たくさんあるんですけど。まず誰かに対して納得いかないことを理路整然と「こうこうこうだからおかしいと思うねん」って。もしかしたらテレビだけで又吉さんを見ている方は、無口とか物静かなイメージがあるかもしれないですけど、僕が知ってる又吉さんってどっちかっていうとああいうタイプ。

又吉:せやな。

向井:又吉さんの頭の中ではああいうことが日々巻き起こっているから、又吉さんを面白いなって思うし魅力的だなって思うんですけど。そんなところが垣間見える岡田のシーン、特に攻撃性も帯びている部分が又吉さんっぽいです。

又吉:俯瞰で読んだらお笑いっぽい感じ? なんでそんな必死に言いたいねんってキャラ的な面白さなのか…。

向井:こんなに詰めなくていいのに、とか。でも自分の中の理論みたいなものの説得力がすごいし、そういう面白さ。

又吉:正しいか間違ってるかわからんけど、一番真剣に岡田が考えてるからね。対峙する相手はみんな戦う気をなくすというか、言い返してもややこしそうだなと。岡田の言うことは理屈としては完璧じゃないと思うねんけど、同じくらいのファイティングスピリッツを持つ人がいたら岡田とケンカになるかもしれんけど、そこまでの情熱はみんな持ってないもんね。

向井:そうですね。

又吉:そんな小さなことに。

向井:取り合わないというか、「ほんとごめん」みたいなことになっちゃいがち。

又吉:でも向井にも岡田みたいなとこがあると思うねんけどな。一歩引くのがうまいだけで、世の中のシステムとか、仕事の中でのやり方とか、「これ、おかしいけどな」って思う感覚は向井も僕並にあると思うねん。ただ、その先をシミュレーションして、「これを言ったとしても変な奴って自分が思われて、あいつは使いづらいなって思われて、この先やりづらくなるかもしれんからここは引いておこうか」という判断が僕よりだいぶうまい。

向井:(笑)。『生きとるわ』の中に僕に重なるキャラクターはいないんですけど、すべての登場人物にちょっとずつ思い当たる節があったりします。たとえば(岡田や横井と高校時代を過ごした)大倉が高校の野球部を辞めた理由を岡田に語るシーンとか。野球でレギュラーになって甲子園出たいという願望を持っていて、自分の能力を考えればそれが厳しいことも十分想定してその上で入部したと。それで頑張ってみたけれど想定以上の辛さや挫折があって。そんな現実を突きつけられても生きていかなきゃいけない。でも、「無理!」と思ったまま生きるのって辛すぎるじゃないですか。そこで、なんで野球部を辞めたのかって理由を……。

又吉:自分の中で作る。

向井:本当の理由なんて自分でもわからないけれど、「こういうことだから辞めたんだ」っていう、自分が一番心落ち着く理由を捏造してでも納めるみたいな。僕も芸人を目指して、なりたい芸人像があって、でもなれなくて。それでも芸人をやっていきたいから、存在している意味を自分なりになんとか作り上げて今もなんとかここにいるというか……。芸人としていまだに存在するのは、又吉さんに「お前みたいなツッコミがいてもいいんだよ。素晴らしい部分もあるんだよ」っていうことを言ってもらえたからという部分も大きいんですけど、「そういうもんだよな」って大倉の言葉に思ったんですよね。

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