歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第216回のテーマは「穴」

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/3/31

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年4月号からの転載です。

今回のテーマは「穴」です。意外なところに存在することがわかりました。

●また傘でパター練習したあとの架空の穴がホームに増えた
(山下ワードレス)

その人が電車に乗った後も、想像力が空けた幻の「穴」は「ホーム」に残ったままなのかも。

●ストッキングを履くのはこわい女だけ飲み込んでいく暗いほら穴
(井沢景)

「ストッキング」の正体が柔らかい「ほら穴」だったとは。「女だけ飲み込んでいく」という捉え方が鋭く恐ろしい。

●踊り子のパネルに顔をはめながら君が尋ねる川端の最期
(仲原佳)

川端康成の『伊豆の踊子』ですね。作中から抜け出した「踊り子」が、作者のことを無邪気に尋ねているみたい。

●一本をシェアするために外された焼き鳥にある細長い穴
(栗子守熊・男・33歳)

確かに役割を果たしていた「穴」が、今、それを終えて純粋な存在感を放っている。

●いまあなた眠たいでしょう、鮫でしょう、おへその穴が痒いのでしょう
(富井悠翔・男・17歳)

「眠たい」時の感覚がリアル。「でしょう」「でしょう」「でしょう」という呪文めいた文体も魅力的。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。

●鏡餅の警備を任せておいたならフィギュアの顔がちょっと凛々しい
(殿内佳丸・女・44歳)

「鏡餅の警備」という発想が新鮮。新年を無事に迎えられるように「フィギュア」も張り切っているんだ。

●天啓のようにひらめく 爪切りはたまに洗った方がいいかも
(猪山鉱一・男・23歳)

そういえば「洗った」ことがないかも。「天啓」と「爪切り」という組み合わせのギャップがいい。

●この夜だけの飲み物を混ぜて作る不時着したファミレスにいる
(シラソ・女・41歳)

「不時着」的に辿り着くことがありますね。「この夜だけの飲み物」が非常事態に相応しい輝きを帯びているようです。

●コインランドリーで回り続けるウェディングドレス純白なんてどこにも無いの
(ミキコ)

その「ウェディングドレス」は「純白なんてどこにも無い」という思いの強さが生んだ幻かもしれない。

●今の俺みたいな眼鏡の中年が幼いころは怖かったなあ
(守谷直紀・男・50歳)

しみじみとした口調が妙に可笑しい。特に「眼鏡の」ってところ。

●くるくると順路に従うついてゆくサメと目が合う誰が旨そう?
(三波並・女・35歳)

「誰が旨そう?」の衝撃。水族館は人間が魚たちを見る場所だと思っていたけど、向こうから見られる場所でもあったんですね。

●神様がつくり忘れた動物のようにふたりは道を歩いた
(塔田兼・男・25歳)

「神様がつくり忘れた動物のように」という比喩の美しさ。ならば、「ふたり」はこの世に存在しないことになる。その「道」はどこにあって、どこに向かっているのだろう。

●心臓のようだ 眠っている鳩がスワンボートの助手席にいて
(稲野・男・24歳)

「鳥の心臓は鳥の形をしている想像をします」という作者のコメントがありました。そういえば、人間が乗り込んで操縦する人間型ロボットもありました。「鳩」が「眠っている」ところもいい。

●朝雪の記憶を残すまつげにて本返却のカードを記す
(中屋敷歩・女・58歳)

「雪国にある高校の図書室に勤務しています」との作者コメントあり。「まつげ」のクローズアップが美しい。たくさんの「雪」を見ながら登校したんだろう。

●ひとり用ポットの蓋がみつからず洗って伏せて次みるとある
(あまのき)

神様の悪戯のように目の前にあるはずのモノが姿を消すことがある。

●されないな大事に大事にされないな クマちゃんあお向け雨水の中
(直・女)

独り言の純粋さが胸に刺さります。「クマちゃんあお向け雨水の中」の悲しみ。

次の募集テーマは「ぐらぐら」です。この言葉を短歌に入れてもいいし、入れずにその感覚を表してもOK。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。

絵=藤本将綱

ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。

<第10回に続く>

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