中学受験×ミステリー!? 我が子が犯人なのか。行方不明になった成績トップの同級生の謎【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/3/26

修羅の桜
修羅の桜(秋吉理香子/文藝春秋)

 中学受験をテーマに、親には親の、子どもには子どもの「戦い」があることを鮮明に描く『修羅の桜』(秋吉理香子/文藝春秋)は、読者をヒリヒリさせるほどのリアルさと、真相を追い求めたくなるミステリー要素を融合させたエンタメ小説だ。

 小学6年生の12月。受験の命運を決めると言っても過言ではない「冬期講習のクラス分け」が決定する、大事な時期。超難関校・開成中学を狙うクラスに所属している佐藤大輔の母親、美紀は追い詰められていた。

 大輔を開成に受からせることができなかったら、これまでの労力、時間、お金が全て無駄になってしまう。何より、これまで子どもらしく遊ぶこともせず、夜遅くまで塾に通い勉強に励んだ息子には、何としてでも報われてほしい。しかし高卒の夫である正幸は協力的でなく、むしろ中受に否定的で、美紀の繊細な神経を逆撫でするばかり。

「まさか自分がこんな風に情緒不安定になってしまうとは」

「愚かな母親」だと自覚しながらも、ヒステリックに子どもを怒鳴ることをやめられない。感情の制御ができないまま、美紀は中学受験という波に飲まれていく。

 だが、本来の自分を見失い「愚かな母親」になってしまうのは、美紀だけではない。大輔と同じクラスの息子を持つ、2人の母親も同様なのだ。夫婦共に大手企業に勤める、いわゆるパワーカップルの亜沙美(あさみ)や、シングルマザーでホテル勤務の佐智子(さちこ)もまた、それぞれ「中受」という特殊な状況で、己の愚かさを痛感しつつも、合格を掴み取るため、歯を食いしばりながら日々を送っていた。

 そんなある時、万年成績トップの唐木田多門(からきだ・たもん)が塾に行くと言ったきり、行方不明になってしまう。事件か事故か。こんな大切な時期に。ざわつく母親たちだったが、佐智子は自宅のベランダで、多門の物らしきジャンパーが隠されているのを見つけてしまう。しかも、血のような跡がついているではないか。一方、亜沙美の自宅のプリンターからは、多門を誘拐した犯人(?)からの脅迫状らしき印刷物が見つかり……。

 自分たちの息子がこの事件に関わっているのか。戦慄しながらも、母親たちは我が子を守るため、それぞれの覚悟を決める。だが事態は、思わぬ方向へ転がっていく……。

 本作は、中学受験を経験した方なら「分かる分かる」と、当時の「ヒリつき」を思い出すほどのリアルな様相が描かれている。馴染みのない読者には、その苛烈さを疑似的に体感できる内容となっているのではないだろうか。ミステリー要素も大きな軸の一つになっているので、中受のリアルさと「謎が明らかになっていく」という二つの側面を楽しめる、満足感のある物語だと感じた。

 正直言うと読む前は、中受に必死になるママたちのストーリーだろう、「エグくてイタいやつかな」なんて他人事のように思っていたのだが、そうではなかった。必死になるママたちの想いは、共感できる部分も大いにあったし、本人たち自身、「愚かだ」と自覚しているところも人間らしくて良い。彼女たちが愚かになってしまうのは、個人の人格の問題ではなく、中受という「特殊な」状況ゆえであり、そんな「特殊さ」にちょっとした畏怖さえ感じたほどだ。

 読後感も良かった。親が思っている以上に、子どもたちは強く、純粋に、「戦っている」。親も知らなかった子どもたちの「たくましい優しさ」には、清々しい気持ちで本を閉じることができた。「中受」とミステリーが融合した本作、ぜひ読んでみてほしい。

文=雨野裾

修羅の桜 (文春文庫)

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