ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、河﨑秋子『夜明けのハントレス』
公開日:2026/4/6
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
★今月のプラチナ本
『夜明けのハントレス』

河﨑秋子 文藝春秋 2035円(税込)
札幌の大学に通う岸谷万智(マチ)は、恋人の家で見た雑誌をきっかけに狩猟への興味を抱く。勢いそのままに近所の銃砲店を訪れたマチは、そこで猟友会所属のベテランハンター・新田と出会い、狩猟の道へ。恵まれた家庭環境と容姿を持つマチだが――「そういうの全部、関係ないところに私は行く」。免許取得、鹿撃ち、そしてクマとの対決と、己の命一つで真正面から狩猟に向き合うマチの成長を描く。
かわさき・あきこ●1979年、北海道生まれ。2014年『颶風の王』で三浦綾子文学賞、19年『肉弾』で第21回大藪春彦賞、20年『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞、24年『ともぐい』で第170回直木三十五賞など受賞歴多数。近著に『銀色のステイヤー』『父が牛飼いになった理由』などがある。
【編集部寸評】

経験だけでも、知識だけでもだめ
山に入ればすべて平等で対等だ。地位や貧富、性差や美醜も関係なく、人間社会の物差しは通用しない。マチはそんな山で狩猟をする「孤独」に心奪われる。ときに傲慢さが見え隠れする彼女には、野生の狩猟鳥獣に銃一つで対峙するシンプルなハンターの世界が腑に落ちたのだろう。「山で先人が語る言葉は全て金言」で、「ちゃんと帰ってくれば鉄砲撃ちは百点」と語るアヤばあは決して驕らない。「経験を積めば怖くなくなるなんて、幻想」だけれども、「人間、経験で考え方は変わる」。
似田貝大介 本誌編集長。祖父がハンターだったので、私も狩猟免許を取得したが猟を経験せずに失効している。マタギに御馳走になったクマ肉の味は格別だった。

善悪のない狩場
昨年ニュースで何度も目にした猟師のイメージを覆したのが、本書の主人公のマチだった。容姿端麗、運動神経もよく札幌の良家で何不自由なく育った大学生のマチは、見た目や属性でジャッジされることに疲れ果て、何者でもない自分として存在できる狩猟に惹かれていく。ハンター同士の間にも偏見はあるし、いけ好かない奴だっている。けれども獲物を前にしたら、そんなことは言っていられない。特にクマと対峙した時は。命を奪う覚悟と殺されうる恐怖、圧倒的な孤独に、ひりひりする。
三村遼子 『別冊ダ・ヴィンチ 有栖川有栖のミステリな世界』は、過去の本誌特集ほかに加え、「火村英生」シリーズ書き下ろし短編を収録。火村ファン必読です!

研ぎ澄まされた五感
狩猟に魅せられた主人公・マチと周囲のハンターたちを通し、自らの手で命を撃つことの葛藤が伝わってくる。本作のクマは怪物ではなく、血の通った生き物として描かれている。獣と1対1で向き合う際、足跡や糞から獲物の動きを読み取り、風向きや匂いなどあらゆる感覚を尖らせるハンターの極限の五感には驚かされる。真っ白な雪の上に広がる赤い血や、生々しい獣の匂いが立ち込めてくるような描写の数々に、生と死が隣り合わせの強烈な緊張感を覚え、思わず息をのんだ。
久保田朝子 先日、北陸で新鮮なホタルイカをいただきました。旨味が濃厚で、すっかりハマっており、この春はおいしい食べ方を開拓したいです。

無事に帰るまでが狩猟
大学在学中に狩猟の世界へ飛び込んだマチ。ハンターとしての道を歩む彼女をはじめ、その身を案じる者たちの姿もまた印象深い。父親や、師となる新田、大ベテランのアヤばあなど、マチの無事を願い、山へと送り出す姿に胸が締めつけられる。自然や動物と対峙するだけに、どんなに気を付けても安全とは言い切れない。引き金を引くのは自分ただひとりであるからこそ、マチは悩み、それでも命と向き合い続ける。そんな彼女が第五章で挑む「一対一」には息を呑む。その身の無事を祈りながら。
前田 萌 バスボムにはまっています。いろいろな種類があり、浮かべるだけでなく、選ぶのも楽しい。特におもちゃ付きのガチャ要素がたまりません。

まっすぐな正しさの先にあるものは
主人公のマチはいつもまっすぐだ。他人とのコミュニケーションも自身の行動も、頭の中で色んな思いを抱えつつも、冷静に判断を下していく。そんな彼女はあるきっかけで狩猟に興味を持ち、自らもハンターとなる。猟師として銃を持って山に入り、自然と野生の動物、そしてそこで出会った人々と対話を重ねていくうちに狩猟の魅力にみるみるとのめりこんでいく。そうして行きついた先に見つけた、自分自身の本質とは。マチの姿を通して山の中における人の存在について思いを馳せた。
笹渕りり子 フラダンスにすっかりハマり、ついにハワイへ。何を見てもいちいち感動していたが、特にダイヤモンドヘッドから見た日の出は素晴らしかった。

「狩猟」の世界を知る
本作では、「狩猟」をそもそものところから知ることができる。狩猟ができるようになるまでに必要な手続きや、猟銃の種類について、現場に出るまでの準備─そして、実際に狩猟をする人たちがどんなことに意識を向けて山に入っているのか、その一端も垣間見ることができる。ハンターそれぞれに考えがあって、時にはぶつかったりもする。撃つ側についても、撃たれる動物たちについても、解像度がグッとあがる。「熊」のニュースを目にする機会が増えた今こそ、手に取ってもらいたい一冊だ。
三条 凪 QuizKnock特集を担当。ブックガイドでは、それぞれの「本」についての考え方も明かされ、ここでしか読めない内容です! 特集はP116から!

不自由で自由になる世界を選び取る
創業者一族に連なる父を持ち、母は元スキー選手。恋人にも親友にも、そして容姿にも恵まれた主人公・マチがいくつもの可能性の中から選び取ったのは、“狩猟"というそのすべてが意味をもたない世界だ。ハンターとして生き物を狩る行為は、すべての人に平等で、社会が押し付ける他者からの評価をいとも簡単に無視していく。「覚束なくて、自由」に銃を構え、森の中たったひとりでクマや鹿と向き合うマチの姿は、なぜだろう、街の中ですべてを持っていたころよりもずっと光って見えた。
重松実歩 穂村弘さんによる連載『短歌ください』の単行本最新刊が発売中。一度くらいは私も投稿してみたいと思うのですが、書いては消しの繰り返しです。

ハンターの目から見た、獣
息を殺し、射線に意識を総動員し、ときに死闘を演じる物語のハンター、ニュースで淡々と報じられる記号のようなハンター。マチはどちらでもなかった。シカでもクマでも、追いたて撃つまでには心が揺れ動く。下手に同情的ではない。冷徹でもない。狩猟をすることの意味を模索し続けるからこそ通るのであろう、小さな葛藤や興奮や痛みが、山中の光景に入り混じる。マチの想いの通り、ハンターと獲物の命だけが輪郭を持つ狩猟の描写は、派手なアクションがない分、主人公の目線に近づく。
市村晃人 桜、牡丹などはよく聞きますが、足の形から鴨肉=銀杏というのは最近知りました。ちなみにクマ肉を含む獣肉は「山鯨」とも。趣があり面白いです。
