妻の死の真相は「小箱」の中に? 宮崎を巡る車中泊の旅と再生の物語『最果てキッチン』【書評】
PR 公開日:2026/4/5

『夏のピルグリム』や『ふたりの余命 余命一年の君と余命二年の僕』といった青春小説やミステリー小説で、悩める者の心の旅を描いてきた高山環氏。その最新作『最果てキッチン』(ポプラ社)は、自身も住む宮崎を舞台に、元フレンチシェフの男が、出会いや料理を通じて再生していく物語だ。
フレンチシェフの田所圭介は、夢だったレストランの開業の直前に妻・羽澄を失う。身寄りがない圭介は、深い悲しみの中で呆然と日々を過ごしていたが、ある日、妻が残した鍵のかかった小箱と、裏に「宮崎」「さがして」と記されたモノクロ写真を見つける。写真の場所に行けば小箱の鍵が見つかるかもしれないと、圭介はひとり車に乗って関東から宮崎へと向かう。妻の死への罪の意識を抱える圭介は、小箱の中に残されているであろう羽澄の思いを知るため、道の駅で寝泊まりしながら、4枚の写真と同じ景色を探す。
圭介は宮崎で、旅動画の界隈で人気のYouTuberカップルや、とある事情から犬と一緒に車で生活する老夫婦、移住先で苦難に直面しキャンピングカーで暮らす家族、そして、生きづらさを抱え車中生活に行きついた親子といった人々と出会う。お人よしだがシャイな性格で、初対面の人との関わり方がわからず、戸惑う圭介。しかし、彼らの苦悩を知った圭介は、宮崎の魅力的な食材にも導かれ、彼らのために料理を作ろうと思い立つ。自分の料理作りが妻を苦しめていたのではという意識から、最初は手がうまく動かなかった圭介だが、料理を振る舞ううちに、妻への思いや、自分の人生にも向き合っていく。
技術だけでなく、食べる人に寄り添う心が持ち味の圭介の料理が、苦難の中で生きる人たちの心を解放していく。圭介が、車の簡易キッチンや野外で作るフレンチは、どれもおいしそうだ。フレンチトーストや、切ったパンに半熟卵をディップして食べる「ウフ・ア・ラ・コック」などの手軽に作れるフレンチも登場する。車中泊用に車を改造していく工程や、限られたツールで圭介が料理を作る描写も面白く、旅やキャンプで、圭介のフレンチレシピにチャレンジしてみたくなる。
料理の描写では、宮崎の極上の食材や味付けの妙だけでなく、圭介が料理に込めた「人を思う気持ち」が伝わり、じんわりと心が温まる。今、各国の料理が安く手軽に食べられるし、食事にタイパやコスパを求めてしまうこともある。でもこの小説は、料理の原点は、食べてくれる人を思う気持ちだということに気付かせてくれる。
羽澄が残した小箱の中身は何なのか。死の直前の羽澄の旅の目的や、思い悩んでいた理由は何だったのか。そんな、死んでしまった人をめぐる謎の行方も見逃せない。圭介が真実に近づくほど、誰かとともに生きることや、仕事や生きることの意味が、読者の胸に迫ってくる。すべてのがんばる人の心と胃袋を震わせる、美しくおいしい旅の物語だ。
文=川辺美希
