天才調香師・小川朔、最後にして始まりの物語――千早茜による20万部突破の「香り」シリーズ完結巻は、京都の香老舗を舞台にした衝撃の前日譚!【書評】
PR 公開日:2026/4/23

依頼主が望むなら、どんな香りであろうと完璧に作りあげる天才調香師・小川朔。香料植物や薬用植物でいっぱいの庭園がある洋館で、幼なじみの探偵・新城と共に完全紹介制の「香り」を作るサロンを営んでいる。千早茜氏の『透明な夜の香り』(集英社)と、その続編となる『赤い月の香り』(集英社)では、そんな彼のもとに、心に生々しい欲望を秘めた客人たちが唯一無二の香りを求めて次々と訪れる。様々な植物と香りの知識と共に紡がれる、静謐で美しい世界観に魅了される作品だ。
累計20万部を突破した「香り」シリーズ第3作目にして完結編である『燻る骨の香り』(集英社)は、小川朔の知られざる過去を描いた前日譚だ。今回は1・2作目と趣が異なり、日本の「香」をテーマにしたストーリー。千早氏が実際に京都の香老舗を取材し執筆したとのことで、非常に味わい深い物語が展開される。
物語の舞台は、香原料の販売や薫香の製造・販売を江戸時代から続けている京都の香老舗・瑞雲堂。物語はなんと、朔と同じように「視るように嗅げる」才能を持ち、瑞雲堂で調合師として活躍していた社長の娘・丹穂の葬儀の場面から始まる。20代半ばにして急逝したという丹穂の遺体を火葬した際、彼女の骨から最高級の沈香木である伽羅の薫りが立ち上り、親族の誰もが唖然としていた。
葬儀から数ヶ月後、家にひきこもってしまった父に代わり瑞雲堂で社長代理を務める丹穂の姉・真奈の前に、小川朔が現れる。朔は生前の丹穂との約束を守るため、しばらく京都に滞在する予定だと告げる。調合師の不在で窮地にあった真奈は、叔母から強く頼まれていた香を丹穂の代わりに作ってくれないかと朔に頼み込み、彼は「嘘をつかないこと」を条件に承諾するのだが――。
日本の伝統的な芸道である「香道」では、「組香」という薫りを当てる遊びや、薫りを鑑賞する「聞香」を行うという。香道では薫りは「聞く」と表現し、朔の言葉を借りれば、熱を帯びたその薫りは「場を制圧」し、「絡みついて、重く残る」。
タイトルの「燻る」が示す通り、ページをめくるほどに、嗅いだことのない複雑で奥深い薫香が充満していくような不思議な感覚に陥った。
天才である妹に幼い頃から劣等感を抱き続けた真奈。瑞雲堂のもう一人の調合師であり、丹穂や朔の才能を前に苦悩する矢萩。作中で朔に“香煙の中に死者の姿があらわれる香”だという「反魂香」の作成を依頼する琴美伯母……。登場人物の誰も彼もが心に重い秘密を抱えており、しかもなかなか本音を言わない。朔がそれらの嘘の匂いを嗅ぎとり、次第に真実が暴かれていく様には、クラクラと眩暈がするほどだった。シリーズ第1作目から登場する朔の相棒であり、全身真っ黒のチンピラ風情の新城だけが忌憚なく発言しており、彼の嘘のなさに終始救われていた気もする。
本作は、「脳の海馬に直接届いて、永遠に記憶される」香りの世界が、私たちの想像より遥かに厚い歴史と神秘的な力を持っていることを、不器用な人々を通して教えてくれる。
シリーズ最終巻ということで、朔や彼をそばで支えた仲間、変わった依頼人たちにもう会えないことが寂しくて仕方がない。朔が教えてくれた香りの世界を足掛かりに、現実の世界で様々な香りを手に取って一つ一つ試してみるのも、心躍る体験に違いないと思う。
文=さゆ
