「反省で心がぐちゃぐちゃ…」そんな夜に効く。自分をうまく甘やかす“サードプレイス”での、女性店主と客の交流を描く食堂物語『あけくれのれん』【書評】
PR 公開日:2026/5/8

仕事でミスをした時や誰かを傷つけてしまった時など、大きな失敗ではないかもしれないけれど、反省や後悔の念で心の中がぐちゃぐちゃになる時がある。なかなか前向きになれない気持ちを、どうすれば断ち切ることができるのだろう。
『あけくれのれん 今日も誰かのための食堂物語』(ただりえこ/少年画報社)の主人公・吉成結は、自身の離婚間もないある日、突然「第3食堂」という定食屋を引き継ぐことになった。料理は好きだが、飲食店の経験があるわけではない。急な後継者打診に、自分に自信がないなかでも、この食堂の料理に傷心を癒やされた経験から、「あの場所をなくしちゃいけない」「私にも もし そんな場所が築いていけたら――」と店主になったものの、真面目すぎる性格にコンプレックスもあり、お客の反応がいちいち気になってしまう。過去の失敗や苦い思い出を引きずりながら試行錯誤する結に、自分を重ね合わせる読者もいるのではないだろうか。

結は昨日も、お店の評判が気になってうっかり口コミサイトを見てしまった。
「よくある印象に残らない味。再訪は無しかな——」
嬉しいことよりも、悪いことのほうが心にズシっと長く残る。
そんな時に話を聞いてくれたのが、繊維メーカーのベテラン営業であり、常連客のひとりである智子だった。「食べるラー油」をかけたTKG(=卵かけご飯)が大好きだという智子。結が作りたての「食べるラー油」を差し出すと、朝から仕事でヘマをしてガックリ来ていたという智子が「テンションが上がった」と笑顔を見せた。

結が「食べるラー油」を作り始めたのは、管理栄養士として働き始めた頃。学校給食の職場で出会ったベテランパートの七條から勧められ、初めて食べたのがきっかけだった。七條は結の真面目な仕事ぶりを認めた上で、こう言ったのだ。
「気の張る仕事だからこそ うまく自分を甘やかす時間を持って 肩の力を抜かないとね」
結は、七條から勧められた「食べるラー油かけ卵ご飯」を食べるうちに、自分でも知らないうちに毎日緊張していたことに気づく。美味しいものを食べた時、ふと心がほぐれる感覚に思い当たる人は筆者だけではないだろう。


今、結が食堂で作っているラー油は、その頃から改良を重ねてきたものだ。

お店 やってるとさ いろんな人の言葉が気になるだろうけど
結さんの仕事がしてある味が私は好き
智子から告げられたその言葉に、結はパワーをもらう。モヤモヤした時は自分が喜ぶことをする、と話していた智子。家に帰った結は、嬉しかったこと、いまいちだったことをごちゃまぜにして卵かけご飯を食べる。そして「今日もいい一日だった」と一息ついた。整理しきれない気持ちを一旦リセットできたようだ。
本書では、結の料理を食べた人たちがみんな、しあわせそうな顔になる。自分の料理で誰かを喜ばせたいという結の気持ちが通じているのだろう。丹精を込めた料理のパワーはすごい、と改めて気付かされる。

この漫画に登場するお客さんたちは、何かしら悩みを抱えている。老若男女が登場するから、きっと人は幾つになっても悩みが絶えないのだろう。けれども、あったかい料理を食べればモヤモヤした気持ちをリセットできるし、悩みを誰かと分かち合うことで傷を和らげることだってできる。第3食堂の常連たちは、ご飯を食べるだけではなく、結との何気ない会話を楽しむために、食堂に足を運ぶ。きっとそれが、些細かもしれないけれど、日々の支えになっているのだろう。彼らの対話の中で結に向けられた言葉は、そのまま私たちの心にも響く。そして、「自分にもこんな場所があったなら」と思うのだ。

ピカピカに仕上がった結の料理は、調理のコツも描かれているから真似して作ってみたくもなる。とにかく美味しそうでお腹がすくので、夜中に読むのは要注意だけれど…。第3食堂という名の“サードプレイス”が、読んだ人にとっても心の拠り所になりますように。
文=吉田あき
