カルト宗教に人生を壊された「宗教二世」によるテロ。フィクションを超え、今の日本が抱える宿痾に切り込む月村了衛の衝撃作【書評】
PR 公開日:2026/5/30

月村了衛の新作『テロル』(集英社)は、まさに今この日本社会が抱えている宿痾(しゅくあ)に切り込んだ衝撃作だ。物語は、元総理大臣が街頭演説中に何者かに銃撃され、倒れる場面から始まる。その光景をスマートフォンの画面越しに見た三上浩が感じたものは、嫌悪や恐怖、怒りではなく、忘我の境地に至るほどの興奮と感動、思わず射精するほどの精神的高揚だった。非正規雇用の警備員として働き、誰からも顧みられることなく、このまま使い捨てられるだけだと鬱屈した日々を送っていた三上。そんな彼にとって、社会を支配するかのような権力者ですら絶対ではないことを示した狙撃者は、彼を覚醒させ、新たな精神をもたらした存在となった。
“その偉業は歴史的革命家に匹敵する。彼の血は、スマホの小さな四角い窓を通し、間違いなくおれの体内へと注がれたのだ。いつもは先の見えない細い通路が、黄金の敷き詰められた豪奢な回廊へと変化した。おれの歩むにふさわしい道だ。おれは堂々とこの道を歩む。ついさっきまで、明日の行末さえ見出せずにいたこのおれが。”
元総理を手製の銃で撃ち殺した男の名は、松原瑛爾。彼は、政治と癒着したカルト的な宗教団体によって家庭と人生を破壊された宗教二世だった。三上はやがて、松原と同じく宗教二世であり、同じように松原に心酔する沼井健人と出会う。ふたりは松原の思想と行動を分析し、それを継承するための研究会を立ち上げる。松原はテロリストなのか。テロリズムとは何なのか。問いを重ねていく中で、三上は日本社会を腐らせている多層的な“罪”と直面していく。
月村了衛が本作であぶり出すのは、妄執に駆られたひとりの人間の狂気ではない。社会に蔓延るデマとフェイク動画、排外思想、跋扈する半グレ勢力と闇バイト、権力に隷属するマスコミ、政治によるネット工作と世論誘導――松原の思想と行動を理解しようとする三上が、期せずして迫っていく“罪”は、フィクションを超えて、今この国に生きるすべての人々に突きつけられている現実そのものといえるのではないか。だからこそ、三上の煩悶と絶望もまた他人事ではない。
“すでに「詰み」だ。
「詰み」は「罪」だ。罪人の多さ悪辣さに、日本はすでに詰んでいる。”
これまで月村了衛は、社会や歴史の歪み、亀裂を骨太なエンターテインメント小説として昇華してきた。本作もまたフィクションの物語を通じて、現実のどうにもならない不条理をスリリングに描き出しているのだが、その鋭さはもはや現代日本社会の暗部の告発ともいえる、圧倒的な社会批評性を帯びている。
物語の核になっているのは、三上の思考の軌跡である。松原への崇拝から始まったその思考は、やがて暴力そのものではなく、人を脅かし、社会を腐らせていく“恐怖”の正体へと向かっていく。この社会に巣食う真の“テロリスト”とは、いったい誰のことなのか。三上がたどり着いた結論と、その行く末はぜひ本書を読んで確かめてほしい。読後に逃れがたい問いを残し、この時代そのものの証言たりえている挑戦的な小説だ。
文=橋富政彦
