天才作家の「無傷ではいられない物語」を映像で受け継ぐ、 映画監督・草野翔吾の表現と覚悟 話題のドラマ「100 日後に別れる僕と彼」監督・草野翔吾インタビュー

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公開日:2026/6/18

 2023年、惜しまれながらこの世を去った作家・浅原ナオトさんの最後の著作をテレビドラマ化した「100日後に別れる僕と彼」が話題です。

 同性愛への理解の矛盾を問う原作小説を映像化したのは、浅原さんの代表作である『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』の映画版、「彼女が好きなものは」をはじめ、映画「アイミタガイ」や、公開待機中のNetflixシリーズ「SとX」などを手掛けた気鋭の映画監督・草野翔吾さん。

 ドラマ化への道のり、映画監督としての苦労と喜び、そして根底に流れる表現者としての矜持を、赤裸々に語ってくださいました。

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聞き手:Robes
撮影:齋藤優龍

(収録日:2026年5月27日)

「出会い」と「挑戦」

—— 初回が無事放送され、少しホッとしたところでしょうか?

草野 いや、全然ホッとしてないです。何もホッとしてない。むしろ。ザワザワしてます(笑)。

—— 初回のドキュメンタリーのような描き方が話題になっていますが、「あ、そっか、劇伴がないんだって」と観終わって気がついて、すごい試みだなと思いました。そもそも、この作品をドラマにしよう思ったきっかけは?

草野 「彼女が好きなものは」(※1)を気に入ってくださったプロデューサーさんから、連絡をもらったんです。で、いくつかドラマの企画を提案して頂いてたんですけど、なかなかタイミングが合わずに時間ばかりが過ぎていく中で、「彼女が好きなものは」がきっかけで出会ったんだから、やっぱり浅原ナオトさんの作品をやるのがいいんじゃないかって、ふと思ったんです。

 実は、その時、まだ原作を読んでなかったんですよ。亡くなってしまってから、浅原さんの本がなかなか手に取れず、読むことができなかったんですけど、これをきっかけに読んでみたら、もう本当に素晴らしくて。

 読んでるそばから、1話はこんなふうに、2話ではこういうことを描こうって、ドラマの構成案が一気に膨らんできたので、最初から「第1話は全部、ドキュメンタリー風で」ということも含め、提案をしました。ちなみに初回はいわゆるフェイクドキュメンタリースタイルでしたが、映像が大事なモチーフになった作品を映像化する以上、鍵となっているドキュメンタリーという仕掛けを、もう一回、別の形でも作品に還元したいと思っています。5話とか6話とか、またちょっとスタイルが変わってくるので、ぜひ楽しみにしてほしいです。

—— 原作自体の感想はいかがでしたでしょうか。

草野 これはもうとにかく浅原さんの小説だなって。お話はもちろんですが、セリフや人物描写は、本当に浅原さんしか書けないものだと思いましたし、『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(※2)を最初に読んだ時の感触が蘇ってきました。

 赤裸々だし、何かを描写する時は、その周りのこともちゃんと描く。一つのことをいろんな角度から丁寧に考える、浅原さんらしさがすごくありました。

 また、今作では、主人公が撮るドキュメンタリーの中身を描いた直後に、裏でどんな思惑があったのかということを描いたり、ドキュメンタリーの「A案、B案を作る」っていうアイデアを入れたり、エンターテインメントとしてのギミックや仕掛けもすごく面白くて。読ませる企みとか見せ方とか、そういうところも楽しみながら書いていたんだろうなって思いました。

—— 浅原さんは、いわゆる、LGBTQをテーマにした作品を多く書かれていますが、その舞台の多くは青春です。一方、今回の「100日後に別れる僕と彼」の登場人物たちは社会人です。社会との関わり方を描くことが必須になってくる中、物語の起点となる装置として、パートナーシップ制度や、婚姻の平等という社会的問題が設定されていますが、撮影に臨むにあたって、そのあたりの問題にどうやって向き合ったか、改めて考えたことなどはありますか?

草野 同性婚について最高裁で審理されようとしている今年のタイミングで、この作品をやることの意味を改めて考えました。実は「彼女が好きなものは」の時、浅原さんとパートナーシップ制度について話したことがあったんです。『100日後に別れる僕と彼』が書かれる前の2019年頃だったと思うんですけど、今ほど制度が各地に広がってない中、浅原さんは結構懐疑的だったんですよね。

 パートナーシップって自治体の制度で、ローカルなものなんです。だから、「同性カップルでいたければ、この(地域の)中に留まってろと言われているような気がする」と、浅原さんは言ってたんですよ。隔離のように感じる、と。「あ、そうなんだ。少しは状況が進んだと思ってたけど、そういう見方もあるんだな」ってその時気付かされたんです。

 それ以降、どんどん制度を取り入れる自治体が広がっていったこともあって、『100日後に別れる僕と彼』では、浅原さんは制度についてある程度ポジティブな描き方をされていますが、でも、それだけじゃ足りないんだよっていうことも、ちゃんと言っている。

 ちょうど、このドラマの撮影が終わったころに見た「家、ついて行ってイイですか?」っていうテレビ番組の中で、プロポーズのタイミングを迎えた女性同士のカップルが「ここの自治体だったら同性カップルも住みやすいから」って、引っ越しの話をしていたんです。その時、「あれ、これって、何年も前に浅原さんが言ってたことだ。同性同士で暮らそうと思ったら、結局、どこなら住みやすいみたいな話になってしまうんだな」って、思ったんです。僕は「彼女が好きなものは」や「消えた初恋」を撮って以降、明確に同性の法律婚は実現した方がいいと思って日々を過ごしてきましたが、この作品を撮ることで、より一層、その気持が強くなりました。

——課題が残るとはいえ、パートナーシップ制度の導入自体は、大きな前進と言えますね。

草野 渋谷区と世田谷区が最初に導入したのが2015年で、2022年には東京都自体が制度を導入しています。原作はおそらくそれより前に書かれているので、佑馬と樹が住んでる地域でも制度が始まったから、パートナーシップを結んだところから始まるんですけど、それだと今としてはちょっと遅い感じがしたので、初めての制度導入から10年の節目で、たまたま取材が入ったという設定に変更しました。

—— そのように日々状況が変わっていく中で、今回は原作者の浅原さんがいらっしゃらないわけですが、ドラマを作り上げていく過程で生じる不安は、どのように乗り越えていったんでしょうか。

草野 それは乗り越えられてはいないです。やっぱり不安は不安です。浅原さんは独特の考えを持った方なので「彼女が好きなものは」の時も、僕の解釈が違っていたということも結構あって、その都度たくさん話し合ったので、今回、相当不安ではありました。

 でも一つ、今回「腐女子、うっかりゲイに告る。」(※3)で浅原さんと一度お仕事されている三浦直之さんに脚本をお願いできたことが、僕にとってはとても心強かった。浅原作品に関わって、浅原さんの考えにしっかり触れたことがある人ということで、もう三浦さんしか思い浮かばなかった。「腐女子、うっかりゲイに告る。」で三浦さんがオリジナルで足してた箇所も好きでしたし、会ったことはなかったけど、同じ原作を実写化したどこか戦友みたいな感覚を持っていて、だからこそ三浦さんに絶対にやってほしかった。

 これは僕も含めてのことなんですけど、浅原さんの作品に携わるということは、無傷ではいられない。読むだけでもそう。自分が持っていた偏見や、正しいと思ってたことが、ただの綺麗事だったのかもしれないとか、そういう気づきが心に刺さるのが浅原作品なんです。

 それに、LGBTQと一括りにされがちですが、当たり前にそれぞれ固有の考えがあり、浅原さんの考え方も独特です。だから、反対の意見を持つ人も当然いて、SNSなどで厳しい意見や、中傷のような言葉も飛んでくる。そもそも同性愛というテーマを扱う時点で、作品の中身も外身も厳しく検証される。そういったことを過去作でも経験し、無傷でいられないことを三浦さんも分かっていたと思うけれど、それでも、引き受けてくれた。本当に嬉しかったし、感謝しています。

 それはキャストに関してもそうで、どうしたって政治的なメッセージ性を帯びてしまう役を引き受けてくれた伊藤健太郎さんと寛一郎さんにも感謝しかないです。伊藤さんはこの撮影のすぐ後に「赤坂檜町テキサスハウス」という舞台に出られていましたが、そこではハッキリと反戦を訴える役を演じていた。どちらの役も演じるのに勇気もいれば、勉強もいる。役への責任感がないとできないことだと思います。本当に尊敬すべき俳優です。

—— 今回のドラマは、スタッフも一流の方が集められています。

草野 撮影や照明は、映画の経験がある人とやらせてほしいということは、テレビドラマを監督する際には毎回、プロデューサーにお願いしています。映画とテレビは似て非なるもので、特に撮影に関しては考え方が結構違うと思うんですよね。僕はテレビドラマを撮る時と映画を撮る時では、やり方や方法論を切り替えているつもりなのですが、撮影や照明の土台となる考え方に関しては、映画の方に馴染みがあるので、そういったお願いをしています。

 今回は渡邉寿岳さんという方がカメラマンで入ってくれました。映画も配信も、テレビドラマもやられている方で、僕は「初めまして」だったんですけど、ご一緒してみたかったのでお願いしました。

 他にも企画や脚本に乗って、優秀なスタッフが集まってくれ、そこまで大きな予算や時間があったわけではないけれど、良い撮影ができました。

 今回は深夜ドラマなので、リアルタイムで観るにも静かな時間帯ですし、配信や録画で観る人も多いと思います。そうなると、落ち着いた環境で集中して観る人が多いと仮定して、ある程度、映画寄りの考え方——集中して観てもらえるような画やカットの構成を意識して作りました。

テレビと映画では撮影の方法論を切り替えているという
テレビと映画では撮影の方法論を切り替えているという

——スタッフをまとめ、目線を揃えることは大変だと思いますが、監督である草野さんの意図をどういう形で共有していったんでしょうか。

草野 同性愛というテーマを扱う以上、ただ仕事だからやりますじゃなく、せめてこの作品に関わっている期間は、同性愛や同性愛者を取り巻く日本の現状、パートナーシップ制度や婚姻制度、自分の中の偏見や気づけていない差別心、そういうものに、ちゃんと向き合い、学び、考えをアップデートしてほしい、ということを全てのキャストやスタッフに伝えました。

 そのために、LGBTQについての基礎的な知識をまとめた資料を配って、事前に読んでもらいました。また、クランクインの前に、監修に入っていただいている柳沢正和さん(※4)に講習会を開いてもらって、メインキャスト・スタッフ全員で参加しました。「彼女が好きなものは」や「消えた初恋」(※5)の時も、同じように資料を配り、勉強会を開きました。こういったことに、これだけやったから十分、というラインはないと思いますが、少なくとも僕の目からは今作の撮影中、キャスト・スタッフ全員が真剣にテーマに向き合えていたと思います。
 
—— このドラマは、佑馬と樹の関係性に注目が集まりがちですが、鳴海唯さん演じる志穂の葛藤と成長の物語でもあります。

草野 それで言うと、原作で一番自分に刺さったのは、実は志穂と先輩の尚美のシーンだったんです。僕も今、子どもを育てていて妻も働いていますが、尚美が志穂に語ることが妻の言葉のようにも聞こえて、とにかく刺さりました。

 また、志穂はドキュメンタリーのディレクターという僕と近しい職業なので、カメラを通して表現すること難しさや葛藤、これ一本で世界が変わるのかもしれないと期待してしまうところとか、ものすごく共感できて。この作品は、もちろん佑馬と樹の同性カップルのお話ですが、それと同時に、志穂と尚美を通した女性の仕事や生き方を問う話でもあるんです。

 もう一つ言うと、ドラマではあまり深く触れられませんでしたが、片桐というレズビアンの女性を描いたことも、浅原さんのチャレンジの一つだったのかなと、一読者として思っています。そのあたりは文庫の解説でも触れさせていただきました。

—— 実際、役者さんが演じられている姿を見て、想像を超えてきた部分はありましたか。

草野 撮影中、佑馬や樹や志穂に「出会えた」って思えた瞬間が何度もありました。自分の想像を超えてなかったらそんなふうには思えなかっただろうと思います。志穂に関しては、もう本当に同志のような感覚です。その場その場を何とか成立させようとして、間違いを犯してしまう志穂を見ながら、自分を見ているようでした。

 志穂は、すごく間違えちゃうんですよ。真剣に考えてるからこそ間違えちゃう。でも、すごく難しいと思うんですよね。同性愛に関して、おそらく非当事者である志穂がどんなに配慮しても足りない。むしろその気遣いが、当事者にとっては、すごく傷ついたり、偏見を持たれてると感じてしまったり、悪意がなくてもそう思われてしまうこともある。僕だってたくさん間違えてきて、今でも間違った考えを持っていると思う。だからこそ、浅原さんの作品を読むと、その間違いが心に突き刺さる。

 僕は同じ「間違い仲間」として志穂が大好きっていうか、志穂と飲みたいって思っています、本当に(笑)。

—— 志穂役の鳴海さん、声も素敵でした。まっすぐで、媚びがなくて。第一話のナレーションも印象的でした。

草野 ナレーションのプロでない志穂が、リアルタイムで読んでるっていう設定なので、力を入れすぎないフラットな雰囲気が、心地よかったですよね。

—— 竹中直人さんの日出もぴったりでした。

 竹中さんの最近の私服姿をネットでたまたま見かけて、「『日出』だ!」って思ったんですよ。原作からは、もう少しくたびれた、時代に取り残された昭和のおじさんみたいなイメージをしていたんですけど、竹中さんを見て、いや、そうじゃないんだ、と。もうちょっと現役感がある方が良いんだな、と思って。で、すぐにプロデューサーに「日出役、竹中さんで行けないですか?」と提案しました。最初は「さすがに大物すぎるんじゃないか」と言われたんですけどね。

 以前「世界でいちばん長い写真」(※6)いう作品を撮った時、愛知県の知多半島での合宿撮影の打ち入りの飲み会の時に、僕が大好きなバンド「フィッシュマンズ」のTシャツを着ていたんですよ。そしたら、たまたまその場にいたスタッフが竹中さんの連絡先を知ってて「竹中さんフィッシュマンズ大好きだから、ちょっと今から電話してみるわ」って、急に酔っ払いのノリで電話を繋いでくれたんです(笑)。

 で、竹中さんとフィッシュマンズの話をする中で、最後に「今度、僕も映画呼んでよ」って言ってくださって。もちろん社交辞令だと分かっていたんですけど、「そんなことがあったので、ダメ元でオファーしてみてください!」とプロデューサーにお願いして。そしたら、まさかの快諾で。現場でもフィッシュマンズの話をしたり、一緒に歌ったり。本当に嬉しかったですね。

 みんなが現場の雰囲気が良かったと言ってくれるのは、クランクイン初日、二日目に竹中さんがいてくださったのがかなり大きいと思っています。

日出社長役の竹中直人さんと
日出社長役の竹中直人さんと

「映画」と「ドラマ」

—— 草野監督の演出の考え方に興味のある方もたくさんいると思います。そこで伺いたいのですが、原作ものを映像化する場合、まず「原作を大切に」とよく言われますが、原作を丁寧にトレースする職人としての矜持と、オリジナルの演出を入れたいというクリエイターとして欲求がぶつかることはありますか?

草野 ぶつかりはしないです。今回で言えば、例えば僕が面白いと思った「ドキュメンタリーとして映されたものと、その裏を見せる」や、「A案とB案をつくる」という浅原さんが仕掛けたギミックを、テレビドラマのフォーマットでどう面白く見せられるかを考えます。小説とドラマは当然、別のものですし、尺も決まっているので、そのまま置き換えることは不可能です。原作の面白さや魂を最大限、映像で表現するために、原作にはないアイデアも出しますが、それはオリジナルの演出をいれたい欲求ではなく、「映像の言語に翻訳するうえでの必要な作業」だと思っています。

——今回のドラマはものすごく濃密で、テレビドラマというより単館映画のような質感です。監督としては、長めの映画を6回に分割したみたいな感覚でしょうか?

草野 いや、かなりテレビドラマのフォーマットは意識しています。それこそ志穂が作ったであろうドキュメンタリーの「A案」を、初回にまとめて見せてしまうという手法は、テレビドラマだからこそやったことだし、これが映画だったらそうはしなかったと思います。やっぱりあれはテレビでやるから面白い表現でしょうし、もし一本の映画にするとしたら、また全然違う編集にするんじゃないでしょうか。

—— 一番気に入ってるシーンを挙げるとすれば?

草野 これはもう明らかに最終話ですね。24分間、一発勝負みたいな気持ちでした。もうすべてのシーンが良かったです。特に、100日目の佑馬や樹のインタビューは、それぞれ10分近い長回しだったのですが、その時に、「あ、佑馬って本当にいるんだ、樹って本当にいるんだ」って思って。

 そんなふうに思うことって、めったにあることじゃない。伊藤健太郎さんと、寛一郎さんのお二人が、真剣に佑馬や樹のことを考え、寄り添い、自分の言葉で演じてくれたからこそできたことだと思います。
 
—— 役者さんのほうから、ここはこうしたいみたいなアイデアが出ることはあるのでしょうか?

草野 もちろん、あります。今作でも、結構大事な佑馬のセリフを、伊藤さんの提案で、より気持ちに沿ったものに変えたりしましたし、樹に関しては衣裳の段階から寛一郎さんの提案が多く入っています。

 僕はスタッフやキャストに、いろいろオーダーを出して、返ってきたものについて、OKかNGかを判断するのが、監督の仕事だと思っているのですが、初めの方は「これはOKです」「ちょっと違うんでこう直してください」と、すり合わせ、調整していくんです。ところがどこかのタイミングで「この人がこう演じてるんだから、これが正解」という、役が完全にその人のものになる瞬間が訪れるんですよ。

 真面目にやっていれば、どの作品にもそういう瞬間が訪れる。でもそれが今回はすごく早かった。志穂なんて撮影2日目から鳴海さんのものでした。だから、ただ見守っていれば良かった。佑馬と樹に関しても、そういうタイミングが結構早く来たなって思います。
 
—— 監督はこれまでいろいろな作品を手掛けられてきてきましたが、このドラマはご自身の中でどういう意味を持つのでしょうか。

草野 ここから再スタートだと思ってます。この作品が僕の新しいスタート地点という気持ちで始めました。

—— 草野さんがもし100日間密着取材できるとしたら、誰を撮りたいですか。今、興味のある人は?

草野 100日間、密着……。あぁ、濱口竜介さんしか思い浮かばない(笑)。この週末、濱口さんの映画を何本も観てたので。本当に凄い監督です。でも、まあ、濱口さんの密着は、ちゃんとした人や番組がやってると思うので……。

—— 逆に100日間密着取材にさせてくれるというオファーがあったら、受けますか。

草野 いや、もう全然受けます(笑)。そりゃそんな光栄なことはないですから、絶対に。はい。

——むしろ自分を自分で撮ってみたいとか?

草野 あぁ……言われてみれば、学生映画の時はそんなマインドだったかもしれません。自意識過剰な上、自分にしか興味がなかったから、何を撮っても自分にカメラを向けているような状態だった気がします。それがだんだんと、他人とか社会に目を向けられるようになって。

 でも、今ここから再スタートって思っているのは、自分が本当はどういうものが好きで、何を撮りたいのか、もう一回見つめ直した方がいいと思ってるからなんですよね。100日間、自分で自分に密着することで、ちゃんと自分と向き合うのも良いなって、今、思いました。

—— 監督業は、楽しいですか。

草野 うーん(笑)。この作品は楽しかったです。臆せずアイディアを出せるような空気があった。時間や予算は厳しかったけど、かえって自主映画のような自由でクリエイティブな雰囲気があったと感じます。ハラスメント体質の人がいたりとか、精神的にキツい現場も今までにありましたが、「ヨーイ、スタート」から「カット」までの間、芝居を見つめている時間が楽しくなかったことは今まで一度もありませんね。

「環境」「意識」「SNS」

—— 今、ハラスメントや労働環境の問題も含めて、映画業界の意識の現状はどうなんでしょうか。

草野 僕が映画業界を代表して答えることはできませんが……映適(※7)作品やNetflixを経験し、労働時間に関しては良くなっているのではないかと感じています。決められた時間の中で、いかに良いものを撮るか、みんな考えて取組めるようになっているし、ちゃんと休めることが作品のクオリティも上げていると感じます。実は、今作でも深夜ドラマで予算と時間に余裕が無いからと言って、「スタッフが寝ずに頑張ったから撮りきれました」ではダメだと思う、と準備段階でプロデューサーに伝えました。自主的に映適の基準を取り入れ、その時間内で撮影しましょう、と。ただ、それって、かなり複合的な要素が絡むことで、結果的には守れず、それは心残りなんですけど……。でも、そういうことを言う人が増えていって、テレビドラマの世界も当たり前に適切な労働時間で撮影ができるようになっていったら良いなと思っています。

 ハラスメントに関しては、Netflixや映適作品ではクランクイン前にキャスト、スタッフ全員参加のハラスメント講習を行います。けど、「それで十分なのか」と言われたら、そういうわけではない。日頃、ハラスメント的な言動を行ってた人が「俺はハラスメントとかしたことないけど——」と講習会で発言していたのを聞き、講習会だけでは限界があることも痛感しました。

 ただ、それに関しては僕も自分を戒めなければいけないと感じますし、この作品に出てくる久保田というキャラクターも同じだと思うんですよね。きっと彼も会社でLGBTQに関する講習を受けたりして、普段の言動には気をつけているのだと思います。というか、「気をつけている」ことをアピールしている。

久保田役の工藤阿須加さんと
久保田役の工藤阿須加さんと

—— 現代はみんなが「気をつけている状態」を演じているような感じです。

草野 本当に。「気をつける」ことが優先事項になって、コミュニケーションを取ることや、自分の意見を表明することに臆病にならざるを得ないと感じます。

—— 発言に対してこんなに臆病にならなきゃいけない状況の原因は、やっぱりSNSでしょうか。

草野 それもあるかもしれません。僕自身、個人的な主義主張をSNSでは言わないようにしています。その分、自分の生活の中や、仕事の現場、そして作品を通して言うべきことはきちんと言っています。

「SNSのアカウントを持っているからには、社会的な出来事があった時に自分のスタンスを表明せねばならない」という圧力も嫌ですし、今のタイムラインは、フォローしているはずの人の投稿が見えず、日々、炎上ばかりが勝手に流れてくる全く意味の分からないツールになってしまったので、数年前からSNSとは距離を取っています。

——話が思わぬ方向に広がりましたが、確かにそのとおりだと思います。では、最後にこの「100日後に別れる僕と彼」を通して、みなさんに一番伝えたいこと、そして、ドラマを撮り終わった今、浅原さんに伝えたいことを、改めて教えていただけますか。

草野 佑馬や樹が同性愛の当事者として感じる固有の思いとか、パートナーシップ制度や、婚姻の平等にまつわる日本の現状を、問題意識を持ってちゃんと描きたい、という思いはあります。が、浅原ナオトという類まれな作家がいたということを忘れないでほしい、彼が生み出した物語や人物に新しく出会う人が増えてほしいっていうことですね。今回に関しては、やはり浅原さんに向けて撮ったという意識なんです。

 僕は最初から不特定多数に向けて撮ることができなくて、いつも誰かに向けて撮ってる気がしているんです。その誰かの先に、似たような考えや面白がり方をしてくれる人たちがいると信じているのですが、今回で言えばそれが明確に浅原さんなんです。浅原さんに喜んでほしい。

 ……そうですね、感想を聞きたかったですね。「100褒め」じゃないのはよく分かってるんで(笑)。浅原さんは優しいから、きっといいところを見つけてくれるだろうけど、「あ、それはやっちゃってるよ」「ダメな表現しちゃってるよ」ってところも、たぶんあると思う。そういうところを聞きたかったですけどね……まあ「寂しいです」ってことですね、本当に。
                
                     
(註)
※1 映画「彼女が好きなものは」(2021年) 監督:草野翔吾
※2 小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(2020年 角川文庫) 著:浅原ナオト
※3 ドラマ「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」(2019年 NHK) 脚本:三浦直之
※4 柳沢正和 公益社団法人「結婚の自由を全ての人に」理事
※5 ドラマ「消えた初恋」(2021年 テレビ朝日)監督:草野翔吾、宝来忠昭
※6 映画「世界でいちばん長い写真」(2018年)監督・脚本:草野翔吾
※7 日本映画制作適正化機構の略。映画制作における労働環境の改善を目指し、映画界が自主的に設立した第三者機関

プロフィール
草野翔吾(くさの しょうご)

映画監督・脚本家。1984年群馬県生まれ。早稲田大学在学中から映画制作を始め、「にがくてあまい」「世界でいちばん長い写真」などで注目を集める。「彼女が好きなものは」「アイミタガイ」は二作つづけて釜山国際映画祭に招待。「消えた初恋」「こっち向いてよ向井くん」などテレビドラマも多く手掛ける。

 

「100日後の別れる僕と彼」ドラマ、原作小説

【ドラマ】
毎週火曜日 MBS 24:59〜 TBS 25:26〜ほか
TVer・FODにて配信中
https://www.mbs.jp/100kare/

(C)「100日後に別れる僕と彼」製作委員会・MBS
(C)「100日後に別れる僕と彼」製作委員会・MBS

【原作小説】 
著:浅原ナオト 解説:草野翔吾  
角川文庫より絶賛発売中
https://www.kadokawa.co.jp/product/322512001054/

100日後に別れる僕と彼 (角川文庫)

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