「母はいっぱい人を殺していますから(笑)」山村紅葉、65歳で小説家デビュー。母・山村美紗との“血のつながり”を語る【イベントレポ】
公開日:2026/6/22
二時間ドラマなどで活躍し、「二時間サスペンスの女王」の異名をもつ俳優・山村紅葉さんが6月11日、東京都内で小説家デビュー作『祇園の秘密 血のすり替え』(双葉社)の発売記念取材会を開いた。紅葉さんの母親は「ミステリーの女王」と呼ばれた小説家・山村美紗さん。母親が筆を置いた65歳という節目の年に、紅葉さんは小説家としてデビューを果たした。長年、サスペンスの世界を“演じる側”として歩んできた紅葉さんが、なぜ今、“書く側”へ踏み出したのか。取材会で語られた母との思い出と、デビュー作に込めた思いをレポートする。

「母はいっぱい人を殺していますから(笑)」花街と歌舞伎界を舞台に描く、山村紅葉流の”殺人なしサスペンス”
『祇園の秘密 血のすり替え』は、京都の花街と歌舞伎界という2つの伝統文化と「家」「血」「才能」をめぐるサスペンス。ページをめくると、その圧倒的なリアリティに瞬く間に引き込まれてしまう。
これまでエッセイを数多く手がけてきた紅葉さんだが、小説に挑むのは本作が初めてだった。「一気に書き下ろしでかなりの分量を書くのは自信がなかった」というが、「書いているうちにすごく楽しくなってきて、母が降りてきてくれているような気がした」と振り返る。
この物語でまず語られるのは老舗置屋「紅屋」の歴史だ。「紅屋」の長女・楓は、舞妓として名を馳せ、結婚、出産を経た後、波乱を乗り越えながら、「紅屋」を継ぐに至った。やがて孫が生まれるが、生まれてくるのは男の子ばかり。孫に会うために訪れた病院の新生児室の前で、彼女は、かつての同級生であり、当代きっての人気歌舞伎役者・十八代目山村貴衛門と再会して……。描かれるのは、由緒ある家に生まれた人間たちが背負う宿命と選択。あらすじを読むだけでも、山村美紗ファンなら「山村美紗の再来では?」と胸が高鳴るのではないだろうか。
では、「山村紅葉流」とはどういうところにあるのか。紅葉さんが大切にしたのは、「意外性」なのだという。
「やはり母の作品には、トリックや展開の意外性がありました。私も、読んだ方に『あっ』と思っていただけるような驚きは入れたいなと思いました。ただ、母は(小説の中で)いっぱい人を殺していますから(笑)、私は人を殺すのはやめておこうかなと。あとは、読んだ時にみなさんに気持ちよくなってほしいという思いがありました。登場人物たちにはいろいろな苦労がありますが、最終的には幸せになってほしい。苦労や努力が報われる結果にしたいと思いました」
「もう怒る母もいない」母が筆を置いた65歳という年齢が背中を押した
小説執筆への思いが芽生えたのは、5年前のことだった。週刊誌でのエッセイ連載が終わり、ふと寂しさを感じた紅葉さんが編集者にその思いを漏らすと、「小説はどうですか?」と提案されたのだ。母との思い出をエッセイに書く時は、実在の人物だからこその難しさもあった。けれど小説なら、自由に物語として描けるのではないか。そんな思いも、少しずつ膨らんでいった。
ただ、小説を書くことに対して、紅葉さんには長らくためらいがあった。幼い頃から詩や読書感想文のコンクールで入賞することはあったものの、そのたびに母・美紗さんから厳しい言葉をかけられてきたのだ。「もっとこういうふうに書かなきゃダメ」「これは下手」「だから特選にならないのよ」——そう言われ続けるうちに、いつしか「自分には文章の才能がない」と思い込むようになっていた。だが、背中を押したのは、65歳という年齢だった。美紗さんが亡くなったのも65歳。母が筆を置いた年齢に自分も立つのだと実感すると、「もう怒る母もいない。生きているだけで丸儲けなのだから、一度書いてみよう」と思えたのだという。
映画『国宝』で思い出した、母との思い出
そして、昨年観た映画『国宝』が、紅葉さんに着想を与えた。
「歌舞伎の世界は、母の家に歌舞伎役者さんがよく遊びにいらしていたから、小さい頃から馴染みがありました。母は京都・南座で年末に行われる歌舞伎の顔見世の後の『素人顔見世』に出演して花魁や揚巻の役を務めていて。本物の歌舞伎役者さんが指導してくださる母の稽古に私も随分付き合いました。『国宝』を観て、『私も歌舞伎をテーマに書けるかな』と思った時に、私にとって馴染みのある世界に、置屋さんの世界もあることを思い出しました。母は、置屋さんのおかみさんとも仲がよく、いろんな裏の事情を知っていました。母がお花代をつけて家に呼んだ舞妓ちゃんと一緒にテレビゲームをしながら、打ち解けていろんなお話をしたこともあります。歌舞伎の世界も置屋の世界も、すごく華やかだけど、その中には葛藤や苦しみもある。それをちょっと融合させて書いてみたら面白いかなと思って、急にプランが組み上がった感じです」
そこからの執筆は急ピッチで進められた。編集者からは「65歳の間に出しましょう」「山村美紗さんが筆を置いた65歳のうちに書きあげなければ意味がない」と言われたのだ。紅葉さんの誕生日は10月だが、編集者曰く、「出版までには修正や営業の期間も必要だから、1月いっぱいで書き終えないと間に合わない」。物語では、紅葉さんが生まれる前の戦後の初めの頃から現代に至るまでが描かれている。65歳になった昨年の10月から本格的に取材を始め、80代、90代の元舞妓さんや元芸妓さん、置屋さんにも話を聞いて、ダッシュで書き上げた。
「『65歳じゃないと意味がない』とのことだったので、本当に焦って書いたんです。でも、その締切は少しサバを読まれていたようで(笑)。編集者としては、やっぱり素人が初めて書くので、枚数が足りなかったり、内容的にバッサリ切ることになったりすると間に合わなくなっちゃうから、ちょっと早い締切を伝えていらしたそうなんです。だから、本当に書き上げたことに、びっくりされていました」
「お母さんと一緒」執筆で感じた母とのつながり


「書くスピードが速いところとか、文章が読みやすいところとか、お母さんと一緒ですね」——原稿を読んだ編集者はそんな言葉を紅葉さんにかけたのだという。その褒め言葉は、紅葉さんにとって、何より嬉しいものだった。
「母からは冗談交じりに『あなたは拾ってきた子だから』『三条大橋の下から拾ってきた』『鴨川を流れていた』なんて話をずっと聞かされていました。母は華やかで社交的な太陽みたいなタイプだったけど、私は地味で、才能もないと思っていたから、『本当に拾われてきた子かもしれないな』と思ったこともありました。でも今回小説を書いて『もしかしたら母の本当の子だったのかも』と感じて、嬉しくなりました」
美紗さんは、電化製品をトリックのタネにすることもあった一方で、執筆は最後まで原稿用紙に手書きだった。書きやすい筆記具にもこだわり、かつてはモンブランの万年筆を使い、晩年はサインペンで原稿を書いていたという。紅葉さんも今回の原稿は手書き。細字のボールペンでは「かすれて書きづらい」と感じ、青の1ミリの消せるボールペンを使った。そんなところも「母にちょっと似ているかも?」と思ったという。書けば書くほど、母とのつながりを感じずにはいられなかった。

執筆中の紅葉さんの心の支えになったのも、また母の言葉だった。
「母は40歳の時に本格的に小説家デビューしたのですが、口癖が『今からでも遅くない』だったんです。私も65歳で初めて小説を書くことになりましたけど、その言葉を思い出して書きました」。そして、もう一つの思い出した言葉がある。それは「金儲けに楽はなし」だ。
「私は、母は小説を書くのが大好きで、苦労もなく好き放題書いていると思っていたんですが、そういえば出版っていうことになると、『いろんな方の意見があって、それに合わせるのが大変だ』と言っていました。当時はその意味が全くわからなかったんですけど、今回『あ、こういうことだったんだな』って思いました。私も書いている時はすごく楽しかったんですけど、結構直しが大変で。たとえば、出版社の人からは『もう少しラブシーンを増やしてほしい』と言われたんですが、ラブシーンは現実世界でしばらく遠ざかっておりまして、ちょっと書けないなと思ってお断りしました(笑)。やっぱり母にもこのようないろんな苦労があったんだろうなと思いました」
もし美紗さんが紅葉さんの小説を読んだら、何と言うだろうか。紅葉さんは「まずけなすところから始まるので、隠さないといけない」と笑う。
「でも、母はテレビも新聞もよく見ていたので、すぐバレて『こんな下手くそなの出さないでよ。ちゃんと見せたら直してあげたのに』って、きっと怒ると思います」
「今からでも遅くない」人生の経験が作品の厚みに
65歳で初めて小説を書き上げた紅葉さん。年齢を重ねることで、「もうやれないのではないか」と思う人もいる。そうした人に向けて、紅葉さんは母の言葉を重ねながらエールを送った。
「母が言っていた『今からでも遅くない』という言葉は、40歳で小説家になった母が身をもって示しています。私も、書けると思わなかった小説が65歳で書けました。だから、きっと無理なことってないと思います。
歳を重ねると、不必要だったと思えること、無駄だったと思うことも、年齢を重ねたからこそ出る厚みや重みになることがあると思います。私もこの本で、自分の無駄だったと思う経験がいきました。ホストクラブに行って、アフターのお寿司を食い逃げされた話とか、私の経験に基づいています(笑)。若い頃からやりたいと思っていたことでも、趣味でもいいので、ぜひ挑戦してほしいです」
「この本は私の人生が詰まった一冊」だという紅葉さん。
「本当に出版されたんだなとやっと実感してきました。本当はダミーの本で出版されないかもとか、高額の請求書が来たらどうしようとか、いろいろ考えていたので(笑)。ぜひ一人でも多くの方に手に取って読んでいただいて、『よかったな』と思っていただけたら嬉しいです」
取材会では、会場を笑わせる軽妙な語り口の中に、母・山村美紗さんへの敬意と、65歳で新たな挑戦に踏み出した喜びがにじんでいた。「血」のつながりを描く紅葉さんの小説家デビュー作『祇園の秘密 血のすり替え』。母との記憶を物語へと昇華させた山村紅葉流のサスペンスは、山村美紗作品を愛してきた人だけでなく、濃密な人間ドラマを求める多くの読者を惹きつけるに違いない。
取材・文=アサトーミナミ
